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2022年の高校の新必履修科目「歴史総合」に参考になるー世界史と融合させた日本近現代史ー「大日本史」

大日本史

山内昌之・佐藤優

文藝春秋

大日本史 (文春新書)

[目次]

 本書の出版の経緯

本書の「まえがき」において山内氏は、2022年から高校の学習指導要領に入る新必履修科目の「歴史総合」の在り方を日夜考え、その良き教育を構想している大学や高校の先生方のために少しでも参考となれればと思い、また、「歴史総合」の発展に貢献したいがために本書を書きおろしたと記してます。

 本書は、「黒船来航から太平洋戦争終戦後まで」の日本の近現代史について、日本史を軸に世界史を考え、日本史との関連で世界史を理解する人びとの参考になることを願って、山内東大名誉教授と作家の佐藤優氏の対談をまとめた一冊です。

高校の新必履修科目「歴史総合」

 2022(令和4)年からの高校の新必履修科目「歴史総合」では、近現代の歴史を世界史と日本史と関連ずけて学ぶようです。

2016(平成28)年に公になった「歴史総合」の骨子は以下の二つから成ってます。

第一は、世界とその中の日本を「広く相互的な視野」からとらえ、「現代的な諸課題の形成に関わる近現代の歴史」を考える。

第ニは、歴史の大きな転換に注目し、本質的に大きな問いを投げかけながら、比較と因果関係を重視して社会的事象の歴史的な見方と考え方を修めた歴史を学ぶ。

これまでの歴史の授業では、年代順の主な出来事を羅列し説明するのがほとんどでした。そのうえ、20世紀後半に到着する前に授業時間切れで終わりとなっていたのが殆どだと思います。

そういった経緯もあって「歴史総合」への期待は大きいのです。本書では、「歴史総合」の科目に役立つ歴史の見方について、山内昌之氏と佐藤優氏が、幕末以降の日本の近現代史について論じています。

本書の印象的事項

 私が本書で最も印象的だった事項は、昭和天皇軍部ことに陸軍との関係です。以下印象的だった事柄を列挙します。
1921年、昭和天皇は皇太子として、イギリス、フランス、ベルギー、オランダを外遊します。

時のイギリス国王ジョージ5世と親しく語ったり、第1次世界大戦の激戦地を巡るなどします。この経験が、立憲君主主義、平和主義、親英米の国際協調主義を目指した昭和天皇の原体験になっていると山内氏は指摘します。

二・二六事件で露呈された陸軍の天皇軽視は、日米開戦の方針を決める御前会議でも顕著でした。その前日、「南方作戦は、約5か月で終了の見込みである」という杉山参謀総長の言葉に昭和天皇は激しく叱責しました、

というのは、杉山参謀総長の発言はしばしば反対の結果を招来したからです。すると、杉山参謀総長は御前会議の当日は平然とだんまりを決め込んでしまいます。こうした陸軍の姿勢が、日本の政治、統治の基本骨格を崩壊させていった。と山内氏は指摘します。

そして、日米開戦の方針を決める御前会議で、昭和天皇は、明治天皇の日露戦争の開戦についての御前会議の際に詠まれた

「よもの海みなはらからと思う世になど波風のたちさわぐらむ」(四方の海の向こうに住む民族はみな同胞と思っているのに、どうして波風を立ててよかろうか)という歌を詠みあげ、避戦への思いを明らかにします。

ここには、歴史的な重みを明治天皇の思いと重ねて表現する昭和天皇の歴史的思考(歴史的事実を長いスパーンで捉え、異なる史実をアナロジー(類推)として理解する思考)が現れています。 

終戦を決めた御前会議でも、徹底抗戦を主張する軍部に、昭和天皇は、戦争終結の決意に変わりがないこと、戦争を継続すれば国体も国家の将来もなくなること、

これに反し即時停戦すれば将来の根基は残ること、武装解除・戦争犯罪人の差し出しは耐え難きも、国家と国民の幸福のためには、三国干渉時の明治天皇のご決断に倣い、決心したことを語ります。

ここで山内氏は、「これを天皇に言わせた軍部に対する怒りが改めてむらむらとこみあげる。自分たちの不始末で戦争を始めておきながら、その収束は天皇に任せる。卑怯である」と指摘します。

昭和天皇は、日米開戦前に戦争終結の問題に心を砕いてます。

それは、「対米英戦を決意の場合、ドイツの単独講和を封じ、日米戦に協力せしめるよう外交交渉の必要があること、さらに戦争終結の手段を最初から十分に考究し置く必要があり、そのためにはローマ法王との使臣の交換など、親善関係を樹立する必要がある」

と木戸幸一内大臣に述べています。本来ならば、軍人、政治家、外交官こそが知恵を振り絞るべき問題を、天皇が悩み、考え、訴えている状況は悲劇的である。と山内氏は指摘します。

 戦争終結に関しては、ドイツのナチス政権は最後まで止まらず、イタリアはクーデターに至りました。しかしながら、日本はいったん終戦と決まったら、それまでの徹底抗戦を切り替えて実に合理的に撤退を行いました。その切り替えの要に天皇の聖断があった。と山内氏は指摘します。

 山内氏が歴史を学ぶことの必要性を主張するのは、歴史を学ぶことで人間に深みと教養を与えるからだと言います。 

出版社による作品紹介

黄金タッグがはじめて日本史に挑む!
世界史の激動が日本を動かし、日本の台頭が世界を変えた時代、
黒船来航から戦後日本まで、明治百五十年を一気に語る。
日本史と世界史が融合した、新しい近現代史のスタンダードが登場。

 (文藝春秋BOOKS

著者紹介

 山内昌之(やまうち まさゆき)

1947年北海道生まれ。歴史学者。明治大学特任教授、東京大学名誉教授。北海道大学卒業。東京大学学術博士。カイロ大学客員助教授、ハーバード大学客員研究員、東京大学大学院教授などを歴任。著書多数。

 佐藤優(さとう まさる)

1960年東京都生まれ。作家。同志社大学大学院神学研究科修了。元外務省主任分析官。著書多数。

本書の目次 

まえがき 山内昌之

第一回 黒船来航とリンカーン
第二回 西郷と大久保はなぜ決裂したのか
第三回 アジアを変えた日清戦争、世界史を変えた日露戦争
第四回 日米対立を生んだシベリア出兵
第五回 満州事変と天皇機関説
第六回 二二六事件から日中戦争へ
第七回 太平洋戦争 開戦と終戦のドラマ
第八回 憲法、天皇、国体

あとがき 佐藤優