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地球や生命の進化と天体衝突の関係

  天体衝突

松井 孝典 講談社

 内容紹介

6550万年前、直径10~15kmの小惑星が、地表に対して約30度で、南南東の方向から地球に衝突した。衝突速度は秒速約20kmと推定されている。衝突地点周辺では時速1000kmを超える爆風が吹き、衝突の瞬間に発生する蒸気雲は1万度を超えた。この衝突によって引き起こされた地震マグニチュード11以上と推定され、300mに達する津波が起こった。巻き上げられた塵が太陽光を遮り、「衝突の冬」が始まった。


1万度を超える蒸気雲、マグニチュード11以上の地震、300mの津波酸性雨、そして「衝突の冬」が恐竜を滅ぼした。
地球と生命。どちらも、日々起こる小さな変化の、長い間の積み重ねによって進化してきたと考えられてきた。これまでは、その方が「科学的」に思われたからだ。しかし、現実はまったく違っていた。
地球と生命は、「天体衝突」という突発的な大事件によって、劇的に変化してきたことが分かったのだ。 恐竜の絶滅も、地球が何度も経験してきた天体衝突による大絶滅の一つに過ぎない。
そして、今後も大きな天体衝突が、十分起こりうると考えられている。

 

かつて中国に杞という国があった。周代の諸侯国の一つである。杞憂とは、その国の人が、天地が崩れて落ちるのを憂えた、という故事に基づく言葉である。列子という戦国時代の人の言葉と伝えられる。その意味するところは、将来のことについてあれこれ無用の心配をする、ということである。

これと似た話はイギリスの童話にもある。チキンリトルという動物の話である。頭にどんぐりが落ちてきたのを誤解して、「天が落ちる、天が落ちる」と叫んで駆け回ったという話である。

これらの話の前提とするところは、天地が崩れるなどということは、ありえない、ということである。ありえないことを憂えるということは、ばかばかしい、ということになる。天地が崩れるという現象を、今風に考えれば、天体衝突である。天体衝突という現象が、文明に影響を及ぼすような自然災害の一つだと思っている人はほとんどいないだろう。したがって、杞憂は、一般の人々の間では、今でも意味をもつ言葉である。

しかし、1970年代以降、地球史や生命史の研究者の間では、杞憂はそれまでの意味を失った。地球史や生命史が、天体衝突という、まさに天地が一瞬にして崩れる自然現象に彩られていることが明らかにされたからである。月が原始地球へのジャイアント・インパクトの結果生まれたとか、後期重爆撃期と呼ばれる直径100㎞近い天体の激しい衝突の時期が40億年くらい前まで続いたとか、今から6550万年前の恐竜をはじめとする生物の大絶滅は直径10㎞ほどの小惑星の衝突によるとか、の事実が明らかにされている。

文明に関しては今もって「杞憂」は、杞憂かもしれない。地球史や生命史における、上のような事実は知られていないからである。しかし、2013年2月15日のチェリャビンスク火球を契機に、「杞憂」が杞憂ではないと感じる人たちも増えている。実際、1908年6月30日に、シベリア・ツングースカで起きた火球の爆発が、東京など大都会の上空で起きるとすれば、1000万人を超える死傷者が出てもおかしくはない。それは単にこれまでの文明史で、そのような被害が報告されていないというだけのことで、天体衝突が現在の人間圏に起これば、それは文明の存亡にかかわる大変な被害をもたらす現象なのである。このたび、これらのことに関し、講談社ブルーバックスより天体衝突を上梓した。

なお、ツングースカ爆発というのは、60m位の大きさの小惑星が超高速で大気圏に突入し、大気中で爆発した現象である。その爆発のエネルギーはTNT火薬換算で、少なくとも5~15メガトンと推定されている。

「杞憂」が杞憂でないことは、地球史や生命史において、その歴史観が、斉一観的漸進説から激変説へと、パラダイムシフトしたことを意味する。それは、現在生起する自然現象を基に過去を考える(これが斉一観的漸進説の意味)際、現在という時間スケールをより長くとるということである。例えば、文明史に関しても、現在を1万年とか10万年とかという時間スケールで考えることである。

そのように考えると、彗星の出現と分裂、その破片の地球への衝突という現象は、神話や聖書などの古文書に記されている表現と奇妙に符合する。それはまた、仮想的動物である龍との関わりも指摘できる。世界中の神話あるいは伝承に、火を吹きながら天空をまたにかけて駆け巡る龍の話が登場する。中国の伝承では、龍は普通、小さな水蛇とか、トカゲの形で孵化し、その形を大きく変えるといわれる。水蛇は500年かけてキャオに変わり、キャオは1000年でラングに、ラングは500年たつとキオラング(角のある龍)に、そしてさらに1000年たつとユインラン(翼のある龍)になる、というのである。

これは、天に出現した短周期彗星の進化の様子を記述したように解釈できる。太陽から遠くにある時は、かすかに小さく見え、近づくにつれ、その見える姿を大きく変えるさまを表しているのではないだろうか。天空における位置も、太陽との相対的大きさも明るさも、日ごとに変わり、さらにその分裂や、その後の破片の地球への衝突や、流星雨などの現象を想像してみるとよい。

神話時代の人々には、それは、天空における神々の争い、あるいは神すなわち英雄と龍との争いとして見えたと思えなくもない。パエトン神話とか、古代ギリシャアポロン対ピュトン、テュポン対ゼウスという戦いの神話を思い出してほしい。それを、天空における現象の神話的表現と解釈するのは、それほど荒唐無稽な推論とは思えない。

(まつい・たかふみ 東京大学名誉教授)

著者紹介

松井 孝典(まつい・たかふみ)

1946年静岡県に生まれる。1970年東京大学理学部地球物理学科卒業。現在、東京大学名誉教授、千葉工業大学惑星探査研究センター所長、理学博士。専門は比較惑星学、アストロバイオロジー。地球を1つのシステムとしてとらえ、環境・文明など広い視点から研究を進めている。著書には、『スリランカの赤い雨』(角川文芸出版)、『生命はどこから来たのか?』(文春新書)など多数。

目次

まえがき 斉一説から激変説へ

第1章 2013・2・15

    ―― ロシアに落ちた隕石

第2章 地球を直撃する天体の衝突頻度

第3章 文明誕生以来記録に残る最大の天体衝突

     ――ツングースカ爆発

第4章 クレーターの科学

第5章 天体衝突と地球史

第6章 激変説と斉一説

第7章 恐竜を絶滅させた天体衝突

第8章 文明史における天体衝突

あとがき

付録

さくいん

関連サイト

地球誕生の謎に迫る 松井 孝典 氏 - こだわりアカデミー