野林 健 納家 政嗣 岩波書店
昭和のはじめに外交官の家庭に生まれ、戦後早い時期にアメリカに留学した緒方は、日本がなぜ戦争への道を歩んだかを研究するなか、国際政治学者としての人生を進む。その後、周囲に押されて国連に活躍の舞台を移し、国連難民高等弁務官として10年もの間、前人未到の活躍を行い、その後JICA理事長として日本の政府開発援助にも貢献した。
本書は、彼女のお弟子にあたる二人の研究者による、緒方のオーラルヒストリーである。
彼女の人生は、まさに日本にとっては昭和から平成の時代であり、国際社会にとっては大戦後から冷戦を経て現在に続く国際政治の歴史そのもの。特に国連難民高等弁務官の頃、冷戦後の紛争が絶えまなく続き、難民が無数にあふれた時代にとって、素晴らしい活躍をする。難民支援の前例にこだわらない発想によって、クルド・バルカン・ルワンダ難民を救ったエピソードや世界の指導者を味方につけた活躍やときに軍事力をも頼って指導した活動ぶりは、すでに広く知られているものの、ここで改めて本人から語られている。
また、彼女の研究から見える事実、つまり日本がなぜ戦争への道を歩んだかについての分析から見える、昭和の青年将校が持った気持ち、つまり貧しい日本を満洲進出で救いたいという気持ちが、そのうちに軍部の暴走・国策として誤った方向に向かったため、日本・アジアにとっての悲劇へとつながることは、今日でも教訓となる内容である。終戦後の日米共同研究の河口湖会議での研究など、一般に知られていないエピソードも興味深い。
楽しい話も多い。幼少期の思い出、ご主人との出会いや仲の良い交流、留学時代の話、またバルカンでの復興事業のような希望あふれる話や、ブッシュ大統領との面談のときに服を借りて会った話のようなユーモラスな話もある。一方で、泥沼のようになるルワンダ難民をめぐる国際情勢や、緒方さんが力説した平和維持軍があれば防げたかもしれないスレブレニッツァの虐殺など、悲劇的な話も語られる。
日本と中国の関係について、日本もナショナリズムに過激になることや火遊びは禁物であり、むしろ民間も含めた日中の関係の幅の厚さや一緒にやっていけるという確信のほうが、中国への過剰な警戒より大切という意味の、緒方の発言は日本にとって重要な言葉である。
緒方は、戦前のナショナリズムについて、「ナショナリズムの発言のほうが威勢がいいし、人間の感情に強く訴えかける」として、そのような威勢のいいことの危険さをいまの日本の政治家の傾向にも見られると言います。
いずれにしても、国際政治に興味がある方にとっては、感動的な1冊である。
内容紹介
日本外交史研究者として出発しながら,国連にかかわる仕事を続け,民族紛争が激化した1990年代に国連難民高等弁務官をつとめた緒方貞子.その後,「人間の安全保障」を提起し,日本の開発援助を主導していく.生い立ちから現在までの歩みを,詳細な聞き取りによってたどる.日本を代表する国際派知識人の決定版回顧録.
■編集部からのメッセージ
世界各地で民族紛争が激化し,住み慣れた土地から膨大な人たちが難民となって流出した1990年代に,緒方貞子さんは,国連難民高等弁務官を務め,救援活動に心血を注がれました.小さな体ながら困難な状況に毅然として立ち向かう姿が,記憶に刻まれている方も多いのではないでしょうか.本書は,生い立ちから現在までの緒方さんの歩みを,聞き書によってたどる回顧録です.
政治家・外交官の一家に生まれ,早くから海外経験をもった幼少期.戦後のアメリカ留学を経て,満州事変研究からスタートした研究者生活.国連に関わり始め,国連難民高等弁務官や「人間の安全保障」委員会代表などの国際人として活躍した時期.緒方さんのこれまでの多面的な活動が,インタビューを通して瑞々しく語られていきます.回顧録の決定版と言える本です.
緒方貞子(おがた・さだこ)
1927年東京生まれ。聖心女子大学文学部卒業後、アメリカに留学し、ジョージタウン大学で国際関係論修士号を、カリフォルニア大学バークレー校で政治学博士号を取得。74年、国際キリスト教大学準教授注3に就任。76年、日本人女性として初の国連公使となり、以降、特命全権公使、国連人権委員会日本政府代表を務める。80年、上智大学教授に就任。91年より第8代国連難民高等弁務官として難民支援活動に取り組む。2000年12月退任。01年より人間の安全保障委員会共同議長、アフガニスタン支援日本政府特別代表、国連有識者ハイレベル委員会委員、人間の安全保障諮問委員会委員長を歴任。03年、独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長に就任。12年退任し、現在JICA特別フェロー。 (UNHCR駐日事務所公式サイトより)
著者紹介
1945年生まれ.一橋大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学.東洋学園大学教授.一橋大学名誉教授.法学博士.国際政治経済学.著書に『保護貿易の政治力学――アメリカ鉄鋼業の事例研究』(勁草書房),『管理貿易の政治経済学――米国の鉄鋼輸入レジーム1959~1995』(有斐閣),『国際政治経済学・入門[第3版]』(共著,有斐閣),『国際政治経済を学ぶ――多極化と新しい国際秩序』(共編,ミネルヴァ書房)他.
納家政嗣(なや・まさつぐ)
1946年生まれ.上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士後期課程単位取得退学.上智大学教授.一橋大学名誉教授.国際政治・安全保障論.著書に『国際紛争と予防外交』(有斐閣),『大量破壊兵器不拡散の国際政治学』(共著,有信堂高文社),『国際政治経済学・入門[第3版]』(共著,有斐閣),『日本の大戦略――歴史的パワーシフトをどう乗り切るか』(共著,PHP研究所)他.
目次
参考図書
共に生きるということ be humane (100年インタビュー)
- 作者: 緒方貞子
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- 発売日: 2013/12/03
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私の仕事 国連難民高等弁務官の10年と平和の構築 (朝日文庫)
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関連サイト
特別インタビュー 元国連難民高等弁務官・緒方貞子さん|国連UNHCR協会
https://www.japanforunhcr.org/archives/3833/