昭和史の大河を往く1
「靖国」という悩み
中公文庫 保坂正康
本書は、 感情論に陥りがちな靖国論の多い中で客観的に論理が構築されていて、そのための考証に必要な歴史的事実も写真と共に紹介されていています。靖国を考え、議論するうえでの優れた本であると思います。ちなみに、本書は、毎日新聞社刊『サンデー毎日』2006年7月2日号より10月15日号に連載(15回)が基になっています。
靖国問題の本質とは一体何であろうか?著者は、現在の靖国問題の本質を「A級戦犯問題」と「遊就館の展示」の2点に絞って論じています。遊就館の展示物に取り付けられた解説の文章が 「まるで昭和10年代の考え方そのままである」という見方には 納得させられます。それらの本質が、著者はA級戦犯を靖国神社に合祀した松平永芳宮司の歴史観にあり、こういった歴史観を持つ人達の存在にあるという見方をします。
松平永芳宮司の歴史観を記した本文を引用しますと『九月二日にミズリー号での調印があり、占領行為が始まる。そして二十六年の九月八日にサンフランシスコで平和条約の調印がある。その発効は翌二十七年の四月二十八日、天長節の前日です。ですから、日本とアメリカその他が完全に戦闘状態をやめたのは、国際法上、二十七年四月二十八日だといっていい。その戦闘状態にあるとき行った東京裁判は軍事裁判であり、そこで処刑された人々は、戦闘状態のさ中に殺された。つまり、戦場で亡くなった方と、処刑された方は同じなんだと、そういう考えです』と記してあります。
松平永芳宮司のこの考え方こそ、靖国神社へのA級戦犯合祀の中心に据えられていた思想でした。著者はこの考え方がなぜこれまで検証されこなかったのか不思議であり、合祀問題の核心はこの点にあるのではないか、述べてます。
著者の意見に同意しようがしまいが、靖国問題に対して、賛意、否定を示す両者にぜひ読んでほしい本です。
内容紹介
昭和史研究の第一人者が靖国問題の本質を、昭和天皇の怒りの真意を、あの戦争の意味を、渾身の取材と考察で説き起こす大反響必至の一冊。
政治や外交の思惑がからみ、近年ますます複雑化する靖国問題の本質とは何か。歴代首相の発言と参拝、土台となる歴史解釈の違い、宮内庁長官のメモに残されたA級戦犯合祀に対する昭和天皇の思いなど、現在の状況を昭和史の枠組みで実証的に検証する。巻末に半藤一利氏との対談「昭和史を再考する」収録。
著者紹介
1939年12月、札幌市生まれ。同志社大学文学部社会学科卒業。評論家、ノンフイクション作家。出版社勤務を経て著述活動に入る。主に近代史(特に昭和史)の事件、事象、人物に題材を求め、延べ四千人の人々に開き書きを行い、ノンフィクション、評論、評伝などの作品のほか、社会的観点からの医学、医療に関する作品を発表している。個人誌『昭和史講座』を主宰。2004年、菊池寛賞受賞。2017年『ナショナリズムの昭和』で和辻哲郎文化賞を受賞。『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『昭和史の大河を往く』シリーズなど著書多数。
目次
「靖国」という悩み
「靖国問題」の本質とは何か
「靖国」が発するメッセージ
昭和天皇の「靖国」への思い
遊就館の展示物が示す歴史観
「戦後」が完全に欠落した場所
古賀誠日本遺族会会長の「靖国」への思い
千鳥ヶ淵は国立追悼施設になり得るか
「靖国」と「千鳥ヶ淵」を結ぶ地下水脈
八月十五日の「靖国」鎮霊社の謎
慰霊・哀悼の美名の下での政治運動
謀略史観と歪んだ歴史認識で説く「この国」
遊就館の歴史認識が、外部と共鳴し運動化する時
あの戦争はアジア諸国の解放のためだったのか
“富田メモ”から読み解く昭和天皇の「靖国」への怒り
問題は何一つ解決せず、また八月十五日は来る
真靖国論―小泉史観の大いなる過ち
靖国神社とA級戦犯
あとがきにかえて―靖国神社をこの社会でどのように位置づけるべきか
参考図書
関連サイト