昭和史の深層
15の争点から読み解く
保坂正康 平凡社
本書では15のテーマがとりあげられ、著者のコメント、見解が表明されています。順に示すと、満州事変前後の国家改造運動、2・26事件、日中戦争、南京事件、太平洋戦争とその歴史的本質、毒ガス・原爆殺戮兵器、北方領土問題と北海道占領、敗戦、東京裁判、占領期の宰相、占領の位置づけ、強制連行、沖縄戦、慰安婦問題、昭和天皇の歴史的役割、となります。
どの問題にも異なる見解があり、一部は論争になってるほどのデリケートなテーマですが、著者は論争のどちらかに肩入れするのではなく、歴史的事象の本質を見極めようとしています。例えば、最初の「満州事変前後の国家改造運動」では、昭和5・6・7年の国家改造運動とは何だったのか、と問い、この問いに対し、「当事者たちの意思がどのようにして培養されたのか」を示すことが答えになると指摘しています(p.31)。
著者は個々の問題を考察するにあたって、議論がブレることのないよう複数の視点を提示しています。この点も本書の特徴です。いくつか例を示しますと、日中戦争に関して重要なのは、(1)戦争終末点を考えていなかった、(2)国際社会の勢力を無視していた、(3)国民に向けての戦争説明がなさあれなかったこと、を挙げています。また東京裁判を歴史的に考察するさいの指針を7点列挙しています。(1)東京裁判を貫く一本の芯としての倫理、理念、(2)戦争犯罪人を裁くという法的行為の是非についての考察、(3)戦争責任とは具体的にどのような枠組みでどこまでの範囲で裁けるのか、(4)裁くという側の判事たちの普遍的価値観をどこにもとめるのか、(5)裁いた側の責任はどのような形で問われるのか、(6)人類社会がひとつの地球的共同体に移行するときのバネになりうるのか、(7)思想や理念を裁くということはその全面的な否定を意味するのか(p.159)。
本書ではまた、そういうことだったのか、という記述にいくつか遭遇しました。太平洋戦争の呼称は多様だったこと(大東亜戦争、アジア太平洋戦争、第二次世界大戦など、このような現象は他国では見られない)[p.86]、戦後、北海道の運命は朝鮮のように分割統治される可能性があり、その帰趨は紙一重だったこと、本土決戦は沖縄戦ですでに始まっていて、北海道出身の兵士が多く戦死し(一万余)、アイヌの人たちも数多く編入されていたこと(pp.220-223)、昭和天皇はA級戦犯が靖国神社に合祀されることに強い不満をもっていたこと(むしろその措置がとられたことを激怒し、以後参拝はやめた)[pp.258-260]、などです。
内容紹介
太平洋戦争、昭和天皇、南京事件、慰安婦問題……。論争点となってきた15のテーマを通して、表層的ではない昭和史の本質を探る。
昭和三十年代の「昭和史論争」を初め、これまで、昭和史をめぐっては様々な論争が繰り広げられてきた。今日でも、国を超えた歴史共同研究が進む一方、個別のテーマに関して、依然として対立点が存在する。これまでの論争は果たして本質的なものであっただろうか?15のテーマに関して、史実を整理し、より本質的な問題点を提示する。
著者紹介
保坂正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年、北海道生れ。同志社大学文学部卒業後、編集者などを経てノンフィクション作家に。『昭和史七つの謎』『昭和陸軍の研究』『医療崩壊』『愛する人を喪ったあなたへ』『あの戦争は何だったのか』『田中角栄の昭和』『真説 光クラブ事件』「昭和史の大河を往く」シリーズ『昭和の怪物 七つの謎』など著書多数。とくに昭和史、医療問題に関する作品に定評がある。2004(平成16)年『昭和史講座』の刊行で菊池寛賞を、2017年『ナショナリズムの昭和』で和辻哲郎文化賞を受賞。
目次
はじめに
第 一 章 満州事変前後の国家改造運動
第 二 章 二・二六事件と新統制派
第 三 章 日中戦争と「現地解決・不拡大」
第 四 章 南京事件―戦場における残虐行為とは
第 五 章 太平洋戦争とその歴史的本質
第 六 章 毒ガス・原爆・大量殺りく兵器を許した論理
第 七 章 北方四島、北海道占領をめぐるドラマ
第 八 章 「敗戦」と向き合うということ
第 九 章 東京裁判が真に問うていること
第 十 章 占領期に見る宰相の資質
第十一章 占領は解放か。それとっも抑圧か
第十二章 強制連行の実態を考える
第十三章 沖縄県の本質を見つめる
第十四章 慰安婦問題に見る「戦場と性」
第十五章 昭和天皇の歴史的役割を分析する
おわりにー日本人の意識はどう変わったか
あとがき
参考図書
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