仏教、本当の教え
インド、中国、日本の理解と誤解
植木 雅俊 中公新書
仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)
- 作者: 植木雅俊
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2011/10/22
- メディア: 新書
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著者の植木雅俊氏は九州大学大学院理学研究科修士課程を修了しておられ、東洋大学大学院文学研究科博士後期課程を中退されて、その後お茶の水女子大学で人文科学博士号を「男性初で」取得されておられる経歴をお持ちです。
物理学修士号から始まって何で仏教なんだといつも訊かれるそうです。そのたびに植木さんは、「私のブツリ学のブツは仏のブツなんだ!」 と答えると皆が納得するそうです。サンスクリットを学ばれて、『梵漢和対象・現代語訳 維摩経』も出版されています。
ですから、本書もサンスクリットの原典にあたってタイトル通りのもともとの仏教本来の教えがどのようなものであったのか、そしてそのもともとの教えが、中国を経て日本へと翻訳翻訳翻訳を経てどのように変容してきてしまったのかをとてもわかりやすく、かつ、説得力あふれる文章で論を展開していきます。きわめて面白く、知的好奇心が満足させられる本です。
釈迦の思想は、神という絶対者を置かず、現実の人間対人間の中に生きる論理です。ドグマ・占い・迷信・呪術の徹底した否定の下に、絶対平等思想により権威主義的な発想を排除しました。人の貴賤は「生まれ」によるとする見方を批判し、その人の「振る舞い・生き方・行為」によるとしたのです(仏教には女性差別は全くなかったのですが、中国において「儒教」の影響で女性蔑視となり、それが日本にも伝わりました).
釈迦の思想は、他者に帰依(きえ=すがる・服従)することを戒め、【自帰依とダルマ(法=普遍性)帰依】を生き方の根本としました。世俗の価値に従い「他者の視線」を通して自らをとらえる生き方を批判し、自らのダルマ(法=普遍性)に目覚め、それを拠り所とする生き方を説いたのです。そして、その思想は「内」からの生き方、内発的生き方そのものです。「一神教」とは根本的に異なり、「上」や「外」(絶対者≒神)からの見方の根源的否定ですので、これからの新しい世界が必要とする哲学と合致しています。
仏教に興味がある方のみならず、比較文化論に興味がある方には特に是非読んでいただきたい本です。
内容紹介
インドで生まれ、中国を経て日本に来た仏教。サンスクリット語の原典から、漢訳ではわからないブッダの教えの真髄が見えてくる。
紀元前五世紀のインドで生まれた仏教。中国では布教に漢訳の経典が用いられたのに対し、日本は漢文のまま経典を輸入した。両国においてサンスクリットの原典は、ほとんど顧みられていない。中国は漢訳ならではの解釈を生み出し、日本では特権的知識階級である僧が、意図的に読み替えた例もある。ブッダの本来の教えをサンスクリット原典から読み解き、日中両国における仏教受容の思惑・計算・誤解を明らかにする。
著者紹介
植木 雅俊(うえき・まさとし)
1951(昭和26)年、長崎県生まれ。仏教研究家。九州大学大学院理学研究科修士課程修了、東洋大学大学院文学研究科博士後期課程中退。91年から東方学院で中村元氏のもとでインド思想・仏教思想論、サンスクリット語を学ぶ。2002年、お茶の水女子大学で人文科学博士号を取得(男性初)。『梵漢和対照・現代語訳法華経』上・下巻(岩波書店、2008年)で毎日出版文化賞を受賞。
目次
はしがき
序章 日本における文化的誤解
本朝・震旦・天竺の三国
「中国」と呼ばれたインド ほか
第1章 インド仏教の基本思想
タゴールの仏教評価
徹底した平等―生まれによる差別の否定 ほか
第2章 中国での漢訳と仏教受容
訳経者たちの顔ぶれ
音写語のいろいろ ほか
第3章 漢訳仏典を通しての日本の仏教受容
漢訳中心の仏教受容
笑えない笑い話 ほか
第4章 日中印の比較文化
日本語になったサンスクリット語
インド・中国から来たコスモポリタンたち ほか
あとがき
参考文献
参考図書
仏教のなかの男女観―原始仏教から法華経に至るジェンダー平等の思想
- 作者: 植木雅俊
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2004/03/19
- メディア: 単行本
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