会計と犯罪
郵便不正から
日産ゴーン事件まで
細野裕司 岩波書店
本書は、誰もが思い浮かべられる有名な企業の再生ストーリーを導入とし、村木氏の郵政事件の無罪判決と著者自身に下された判決との差を「説明可能な必然がなければならない」として、郵政事件を追っていく流れが中心になっています。その解明方法の視点が会計という専門的視点であるところに独自性があります。そして、専門的な話が続きますが、専門的知識を要さずとも読めるように腐心されています。
記述は細部に渡りますが、論理構成が明快なため、読みづまることがありません。司法的な記述がかなり多いのですが、弘中法律事務所のリーガルチェックを受けていると書いてあり、その部分に関しても安心して読むことができます。
ただ、この本の最大のポイントは第三章以下にあるとおもいます。大きく紙面を占める第二章で、著者自身のいう判決の差の「説明可能な必然」に着地したあと、こうした構造的問題を解決する策を提示していくことにあります。それが著者の言う「犯罪会計学」ということなのでしょう。10章の締めで「キャッツ粉飾決済事件は、私からかけがえのないものを奪っていったが、この国に犯罪会計学とフロードシューターを与えてくれた」という文章はなかなか複雑な思いがします。
犯罪会計学というのは著者の造語であり、これは司法が会計をさばくための判断枠組み、ということになります。理論的枠組というより実践的であるとして、現在著者は財務諸表危険度分析として、財務諸表の疑わしさをアルゴリズムによって機械的にスコアリングするという手法を全上場会社に適応しています。上場数は4,000を超えていますが全部やるそうです。これを独立性を担保するため特定のクライアントをつけないようですが、これは、著者が指摘するように、監査事務所はクライアントから報酬を得ていることの構造的な批判にもなっています。クライアントに都合の悪いことは書きづらいです。ましてや報酬額の多さを見ると、書けるわけがないし、それは仕方がないのです。なのでそうした構造も改革しようとする実践的な試みである、と言います。
司法が会計をさばく限界と問題点をこの事件を象徴として(特捜部をシンボルとして)描かれている本書ではありますが、同様の構造は他の分野でも起こっています。医療訴訟、IT訴訟など、極めて専門的なことを、横断的に裁かねばならない場面が多くあります。そうした複雑な現代において、専門外から判断していくことの難しさを教えてくれる好著です。
内容紹介
粉飾決算事件における共謀容疑で、一貫して無実を主張したが有罪確定した著者。同じ頃、郵便不正事件で厚労省の村木厚子元局長が無罪となった。二人の判決の差は何か。著者は郵便不正事件の研究から未踏の犯罪会計学を切り開き、日産ゴーン事件をも鋭く抉っていく。その核心は、経済事件における特捜検察の捜査思想と冤罪構造にあった。
著者紹介
細野 祐二(ほその・ ゆうじ)
会計評論家。1953年生まれ。82年公認会計士登録。78年~2004年までKPMG日本および同ロンドンにおいて会計監査、コンサルタント業務に従事。04年、株価操縦事件に絡み有価証券報告書虚偽記載罪の共同正犯として逮捕・起訴され、無罪を主張したが2010年有罪が確定。現在、評論・執筆活動のかたわら、自身が開発したソフト「フロードシューター」により上場会社の財務諸表危険度分析を行っている。『公認会計士 vs 特捜検察』『法廷会計学 vs 粉飾決算』『粉飾決算 vs 会計基準』『司法に経済犯罪は裁けるか』など著書多数。
目次
はしがき
I 「あの日」からの私
第1章 執行猶予の日々
1 特官の税務調査
2 銀座の高額納税者
3 犯罪会計学研究
4 ロンドン入管勾留
第2章 ジオス倒産
1 ジオスの英会話教室
2 民事再生CFO
3 九段日本語学院
4 九段日本文化研究所
5 代表取締役の解任
第3章 自動車販売
1 所有と経営の分離
2 製造原価の削減
3 明るく元気に
4 クレーム対応
5 小さな合意
6 妖しいクラブ
7 振り向けば郵便不正
II 郵便不正事件という転換点
第4章 郵便不正事件
1 心身障害者用低料第三種郵便
2 誰も経済的損害を受けていない
3 罰金刑での逮捕
4 郵便事業会社職員の犯意
5 事件を大きくしたい
第5章 虚偽公文書事件
1 国会議員の口利き
2 アリバイが出た
3 順次共謀の連鎖の輪
4 塩田部長の弱み
5 河野代表発起人の登場
6 倉沢会長の嘘
第6章 無罪判決
1 公的証明書の作成日付
2 関係者の逆転証言
3 村木課長の無罪判決
4 特信状況
5 関係者の自白調書
6 村木課長の運
7 上村係長の動機
8 事件の結末
第7章 大阪地検特捜部
1 マスコミに殺された
2 大坪特捜部長の弁明
3 虚偽過誤説明の出来栄え
4 前田主任検事の告白
5 佐賀副部長の錯乱
6 白井検事のアリバイ
第8章 証拠改竄事件
1 真実は一つだ
2 ミステイクということで行く
3 普通の人と思ってはいけない
4 大坪特捜部長の有罪
5 変わりゆく世論
6 小林検事正の二律背反
7 逮捕と行政処分の境目
8 小林検事正の悪夢
第9章 特捜検察の終焉
1 塚部検事の涙の告発
2 特捜検察の捜査思想
3 どんな人でも有罪にできる
4 特別公務員職権濫用罪
5 ハインリッヒの法則
6 捜査権と起訴権の併有
III 犯罪会計学で何が分かるか
第10章 犯罪会計学の成立
1 有罪・無罪の分水嶺
2 日債銀最高裁判決
3 甲号証の同意
4 故意の反証
5 経済事件に再審なし
6 辛い時はここで泣け
7 フロードシューター
第11章 日産自動車カルロス・ゴーン事件
1 有価証券報告書虚偽記載罪
2 SAR報酬
3 会社私物化情報
4 同一容疑での再逮捕
5 特別背任
6 通貨スワップ契約
7 ハリド・ジュファリ氏
8 無罪判決の可能性
第12章 日産ゴーン事件オマーン・ルート
1 オマーン・ルート
2 アラブの正義
3 スヘイル・バウワン氏の証言
4 キャロル夫人の日本脱出劇
5 事件は公開の裁判へ
あとがき
出典/参考文献「あの日」からの私
参考図書
関連サイト
経済司法と会計監査の闇を突く 会計のプロの気迫|ブック|NIKKEI STYLE
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO46318300Z10C19A6000000/
細野祐二 会計評論家:あの人に迫る:中日新聞(CHUNICHI Web)
www.chunichi.co.jp/article/feature/anohito/list/CK2019071902000286.html
【書評】『会計と犯罪 郵便不正から日産ゴーン事件まで』細野祐二著 - 産経 ...
https://www.sankei.com/life/news/190714/lif1907140020-n1.html