原爆
私たちは何も知らなかった
有馬哲夫 新潮新書
本書において著者は、原爆に関するアメリカ、イギリス、そしてカナダの数万点にも及ぶ公文書(多くはかつての機密文書)を幅広く探索し、原爆に関する新たな史実を明らかにしています。
原爆が投下されて既に70年以上を経過しているのに、一般的に「原爆は日米戦争を早期に終結させ、アメリカ軍将兵の無駄な戦死を防ぐために敢えて使用したものである」というアメリカによる「神話」を信じ込まされてきた(これは日本だけでなくアメリカ国内も同様)。残虐な被害をもたらすことが分かっている原爆を敢えて実戦に使用したことを正当化するためです。本書では、(1) 原爆は誰がなぜ作ったのか、(2) 原爆は誰がなぜ使用したのか、(3) 原爆は誰がなぜ拡散させてしまったのか、という三つの根本的な疑問を解明しています。
(1)については、原爆の開発のきっかけは通説のアインシュタインの手紙から始まるのではなく、ドイツから亡命してきたシラードが著名人であるアインシュタインに依頼したものであるという。また最初に原爆開発を始めたのはイギリスであり、イギリスがアメリカ、そしてウラン資源を有するカナダに声を掛け、国際プロジェクトとして開始されたのでした。
(2)については、国際プロジェクトとしての開発過程で、大部分の資金を負担していたアメリカだけでなくイギリスやカナダも相応の発言権を持っていた。ドイツの敗色が濃くなりまたドイツによる原爆の開発の可能性はほぼ無くなった中で、既に多額の資金を投入した原爆が完成した後どうするかが問題になった。
その議論において、戦後のソ連の勢力伸長を恐れたチャーチルが、ソ連を威嚇するために早い時期から日本に対して使用することを主張していました。原爆の威力の凄まじさが認識されていく中で、科学者や軍人には無警告で都市に投下すること(明らかな戦争犯罪である!)には反対の声もあったが、結局はルーズヴェルト大統領の急死後に大統領を引き継いだトルーマンおよびその意を承けた側近のバーンズの決定で、無警告の投下が決められたのです。
その背景には、大量の予算を使いながら実戦で使用しなかった場合の世論の反発への危惧や、日本人に対する人種偏見と真珠湾攻撃への復讐心があったといいます。「原爆は日米戦争を早期に終結させ、アメリカ軍将兵の無駄な戦死を防ぐために敢えて使用したものである」というのは、残虐な大量殺戮兵器を無抵抗の市民に対して使用したことへの国際的な非難をかわすために、戦後にでっち上げられた「神話」なのです。
(3)については、最初の原爆使用時から構想されていた、原爆の国際管理にソ連を巻き込むことが断念され、第二次大戦終結直後から原爆の開発競争が始まったことによる。アメリカに続き、ソ連、イギリス、フランス、中国が開発に成功し、各国が大量の核兵器を貯め込む時代が始まったのだ。その後イスラエル、インドやパキスタン、そして北朝鮮の核保有への道筋が戦後すぐから始まったのです。
本書を読み、原爆という残虐な大量殺戮兵器を無抵抗の市民に対して使用することは明白な戦争犯罪である、ということが連合国側にも広く認識されていたことがよく理解できます。アメリカ一強支配の戦後には、このことを主張することすら憚られていたようです。無念という他はない。「原爆を使用すれば戦争犯罪として国際社会から裁かれる」ということが確立されていれば、それを保有することへの抑制が掛かったかもしれないです。
また、本書で日本が「無条件降伏」を受理する経緯について新たな視点が提起され、興味深かいです。日本の現代史の研究においても、本書のような国際的な公文書研究が不可欠であることを認識しました。
内容紹介
常識が根底から覆る!
私たち日本人は、「アメリカが原爆を作り、日本を降伏に追い込むためやむを得ず使った」と聞かされてきた。
しかし、これはまったくの虚構である。原爆は、アメリカ、イギリス、カナダの共同開発だ。
しかも使う必要がなかったにもかかわらず、戦後の国際政治を牛耳ろうとする大統領らの野望のために使われた。そのあとの核拡散も彼らの無知と愚行が原因なのだ――公文書研究の第一人者が膨大な資料をもとに示す、驚愕の真実。
著者紹介
有馬哲夫(ありまてつお)
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題』
目次
まえがき
I 原爆は誰がなぜ作ったのか
アインシュタインの手紙から始まったのではない/アメリカは原爆をプロパガンダに使った
原爆は日本に使うことを想定していなかった/原爆開発は国際的プロジェクトだった
見逃されてきたカナダが原爆開発に果たした大きな役割/原爆はケベック協定のもとで英米加が共同で作った……etc.
II 原爆は誰がなぜ使用したのか
アメリカだけで原爆の使用を決定したのではない/なぜチャーチルは日本に原爆を使用することを望んだのか
イギリス側は原爆投下に同意しただけではなかった/無警告投下は真珠湾攻撃に対するトルーマンの懲罰だった
原爆を手に入れてトルーマンは舞い上がってしまった/ポツダム宣言はソ連に北方領土を与えていない
原爆投下は天皇御聖断に影響を与えていない/トルーマンは自己弁護のため日記を残した……etc.
III 原爆は誰がなぜ拡散させてしまったのか
ルーズヴェルトは国際管理に前向きだった/スティムソンは新大統領に国際管理を説いた
科学者たちの予言はロンドン外相会議で的中した/悔い改めざるトルーマンが歯止めなき核拡散を招来させた……etc.
あとがき
主な登場人物
註釈
参考図書