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お薦めの本を紹介します

南京事件に実証的に迫る

 南京事件

「虐殺」の構造

        増補版

秦 郁彦 中公新書

 

南京事件―「虐殺」の構造 (中公新書)

南京事件―「虐殺」の構造 (中公新書)

 

 
本書は増補版として2007年7月25日に発行。初版としては1986年2月25日発行となります。増補版として追加されたのは南京事件論争史を最後の章に追加しています。
1986年に初版が出ているとすれば、もう古典の域に入っています。主要人名索引、主要参考文献、南京戦に参加した日本軍、中国軍一覧が巻末に掲載されており、まさに専門書として充実しています。
南京虐殺を一言で言えば、十分な補給の無いまま戦闘を継続し敵首都を無計画に占領した為に発生したと言えます。捕虜の取扱も与える食料も無く、処刑が横行したこと。徴発(事実上の略奪)が常態化していたこと。慰安所などの整備も無かったこと。敵首都を占領すれば中国は屈服するとの安易な軍トップの思い込み。色々な悪条件が重なった結果なのです。
十分な補給の無いまま負ける戦争だったのが、東南アジアなどの戦争とすれば、十分な補給の無いまま(形式上勝った)勝利したのが南京戦と言えます。

東京裁判に先立って軍事法廷が起訴した戦犯は1508人もいたのに、南京事件に対する起訴者がわずか4人に過ぎませんでした。東京裁判時点で既に8年前の事件容疑者を探し出し、確認するのは技術的困難でした。兵士の多くは他戦場へ移動して戦死するか故郷へ帰り、中国にひきつづき留まっていた者は稀でした。生き残りの被害者が見つかっても、加害者の氏名や所属部隊を特定するのはまず無理でした。名前が知れている指揮官クラスも死亡している者が多かったのでした。


中国国民党中国共産党との内戦が再開し、予定された中国軍の日本進駐も中止せざるを得ないほどで、十分な捜査を進め追及するだけの余裕がありませんでした。武藤章(A級被告)は選抜2個大隊だけを南京城内に入れる手筈にしていたのに、各部隊が命令を守らず、どんどん入城したのが事件を誘発した原因だと、率直に認めています。
皮肉なことに、便衣狩りを徹底しすぎて、警官、消防士、電気会社の技術者まで殺してしまったので、火事は消せず、電灯はつかずで、占領した日本軍の方も困り果てたという。
日本側の弱味は被害者である中国政府の言い分に対抗できる公的資料が欠けていることです。加害者側の記憶や印象で「誇大にすぎる」「見たことがない」「ありえない」と主張しても説得力は乏しく、法的反証力は無いに等しい。せめて憲兵隊や法務部の調査報告書があれば、個々に突き合わせて具体的なツメが可能なのだが、久しく探しているのに、まだ見つからない。

著者は4万人ほどが殺害されたと考えているが、今となっては南京アトローシティによる正確な被害統計を得ることは理論的にも実際上も不可能に近い。とくに戦争中期以後の華北戦線では、中国共産軍が農民層をとりこんだゲリラ戦を執拗に展開したため、てこずった日本軍は悪名高い「三光作戦」と呼ばれる苛烈な対ゲリラ戦法で対抗した。「三光」とは「殺す、焼く、盗む」の総称で、歴代の支那派遣軍総司令官は清朝の故事に習い「焼くな、殺すな、盗むな」を標語として全軍へ繰り返し呼びかけたが、単なるかけ声に終わった。
アトローシティ・・単に虐殺だけでなく、略奪、強姦、放火など各種の戦争犯罪を広く包含している。本文では実情にあっていると認めたので南京事件以外に南京アトローシティを併用している。

 内容紹介

満州事変以来、十数年にわたって続いた中国侵略の中で、日本軍が最も責められるべき汚点を残した南京事件とは?日本軍の戦闘詳報、陣中日誌、参戦指揮官・兵士たちの日記など、多数の資料を軸に据え、事件の実態に迫る。初版刊行以降二十年余、虐殺の有無や被害者数など、国の内外で途切れることなく続いた論争の要点とその歴史的流れをまとめる章を新たに増補。日中双方の南京戦参加部隊の一覧、詳細な参考文献、人名索引を付す。

著者紹介

秦 郁彦(はた・くにひこ)
1932年(昭和7年)、山口県に生れる。1956年、東京大学法学部卒。ハーバード大学コロンビア大学留学、大蔵省、防衛庁勤務。プリンストン大学客員教授拓殖大学教授、千葉大学教授、日本大学教授などを務める。法学博士。専攻、日本近現代史。1993年度菊池寛賞受賞。

 

目次

第一章 ジャーナリストの見聞
第ニ章 東京裁判
第三章 盧溝橋から南京まで
第四章 南京陥落
第五章 検証―南京で何が起きたのか(上)

第六章 検証―南京で何が起きたのか(下)
第七章 三十万か四万か―数字的検討

第八章 蛮行の構造

あとがき
第九章 南京事件論争史(上)

第十章 南京事件論争史(下)

増補版のためのあとがき

付録①南京事件関係年表

  ②南京戦に参加した日本軍一覧

  ③南京戦に参加した中国軍一覧

  ④主要参考文献

  ⑤主要人名索引

 

参考図書

 

南京の真実 (講談社文庫)

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実証史学への道 - 一歴史家の回想 (単行本)

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