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ヒトの変異ー人体の遺伝的多様性についてー

ヒトの変異

人体の遺伝的多様性について

アルマン・マリー・ルノワ

        上野直人 監修

[訳] 築地 誠子 みすず書房

 

ヒトの変異 【新装版】人体の遺伝的多様性について

ヒトの変異 【新装版】人体の遺伝的多様性について

 

 

  本書には数多くの変異を持つ人(ミュータント)が登場します。そして、本書で一貫して書かれているのは「ミュータントとは何か?」ということです。

 著者は1章の最後のほうで、次のような注意書きを示します。
「多少有害な変異をたまたま大量に持って生れた人もいれば、少なめに持って生れた人もいる。めったにないことだが、破壊的なイメージを与える変異をたまたまひとつだけ持って生れた人もいる。ならば、ミュータントとはいったいどういう人を指すのだろうか?答えは一つしかない。それは、私たちが日常、健康や病について感じることと同じだ。私たちはみなミュータントなのだ。ただその程度が、人によって違うだけなのだ。」

そう述べた後に、本書では数多くの破壊的な変異を持った人々のエピソードや写真の紹介にとどまらず、科学的・生物学的な解説から変異のメカニズムを提示しています。
 肉体が結合した双子の奇形、手足が無い奇形、逆に余分な手足の生えている奇形といった、ベトナム戦争サリドマイド事件の史実でも聞いたことあるようなものから、「エレファントマン」として知られるプロテウス症候群(悪性腫瘍が顔面に異常に発生する病気)の患者、乳房が9つ存在する人や、俗に「ふたなり」と呼ばれる男性仮性半陰陽者では巨大なクリトリスが存在し、女性として生まれた彼女ら(彼ら)がやがては男性になってしまう例など、かなり衝撃的なケースレポートが並べられています。

また、筆者は「人種」についても述べています。
その中でも驚くべき事実は、ヒトゲノムに豊富にみられる遺伝子の多型で人間を分けると、伝統的・民族文化人類学的な人種とは一致しない、ということです。すなわち、遺伝子レベルでいえば、「人種は実体の無いものであり、社会的構成物であり、さもなければ信用に値しないイデオロギーの残存物」であるのといいます。
 それなのになぜヒトの皮膚は白かったり、黒かったり、髪は金髪だったり赤毛だったりするのだろうか?なぜこのように一目でわかる多様性が存在するのか?
これはすなわち、分類学では有意とみなされないぐらいのわずかな遺伝子の違いのみが、人の見た目に表れているということになるそうです。すなわち、人種の違いなど遺伝子レベルでは些細なものなのだということです。

 この部分は完全には解明されていないそうですが、それに対して著者は積極的な研究を求めて、こう示しています。

「人間の多様性の原因が研究されずにいる限り、そのあいまいな部分を悪用して社会不正を促すような理論を展開する人々は、後を絶たないだろう。社会不正が新しい知識の結果として起こることもしばしばだが、より多くの場合―はるかに多くの場合―社会不正は私たちの無知という知識の裂け目につけ込むのだ。」
 この言葉では、科学者が社会とどう向き合わなければいけないのかが、示されているような気がします。

 

内容紹介(みすず書房より)

気鋭の進化発生生物学者が、人体形成の謎を解く遺伝学の成果と、ヒトの突然変異をめぐる歴史物語を縦横に語る。

その昔、重い奇形をもつ人々は「怪物」とみなされた。いま、奇形は遺伝子の働きを知るうえで、貴重な手がかりとなっている。その間には体づくりの謎をめぐる、数百年にわたる混乱と探究の歴史があった。ヒトの変異の博物学・文化史・科学史は、不可分に縒り合わされている。

「私たちはみなミュータントなのだ。ただその程度が、人によって違うだけなのだ」。科学者は違いの原因となる遺伝子を探し、その文法を見出す。それが「私たちはなぜこのような形をしているのか」という問いへの答えにつながる。重い奇形の原因が、約30億の塩基対のうちのたった一つに起きた変異である場合もある。体づくりの精妙な仕組みに驚嘆し、多様性の謎が解けると同時に、違いの源がいかに私たちの直感に反して微かであるかを発見する。発生生物学者たちを虜にするそのスペクタクルを、本書は垣間見せてくれる。

人体の遺伝的多様性の原因を科学的に解明することは、不当な差別を助長するのではなく、無化するはずではないか? 著者が改めて提起するこの問いが、賛否に拠らず軽視できないものであることは、「怪物」から「遺伝子のわずかな変異」への旅を知った読者には明らかだろう。

引用元:みすず書房

 

著者等紹介

アルマン・マリー・ルロワ(Armand Marie Leroi)
1964年、ニュージーランドウェリントン生まれ。国籍はオランダのまま、ニュージーランド南アフリカ、カナダで幼少年期を過ごす。 ダルハウジー大学(ハリファックス、カナダ)を卒業後、カリフォルニア大学(アメリカ)で博士号を取得。マイケル・ローズ博士のもとでショウジョウバエの老化の研究に携わる。ついでアルバート・アインシュタイン医科大学のスコット・エモンズ博士のもとでポストドクトラル・フェローを勤め、線虫の成長の研究を始める。1996年からインペリアル・カレッジ・ロンドンで講師、2001年から同カレッジの進化発生生物学部門リーダーを務める。初の著書である本書により、Guardian First Book awardを受賞。


上野 直人(うえの・なおと)
農学博士。現・自然科学研究機構基礎生物学研究所教授(発生生物学)、総合研究大学院大学生命科学研究科併任教授。専門は形態形成の分子機構に関する研究で、生物の「かたち」づくりを制御する仕組みの解明に取り組んでいる 。著書に『新 形づくりの分子メカニズム』(羊土社、1999年)、訳書にショーン・B・キャロルら『DNAから解き明かされる形づくりと進化の不思議』(羊土社、2005年)(いずれも野地澄晴博士との共著・共訳)がある。

築地 誠子(つきぢ・せいこ)
翻訳家。東京外国語大学ロシア語科卒。訳書に、アリソン・フーヴァー・バートレット『本を愛しすぎた男』(2013)、サラ・ローズ『紅茶スパイ』(2011)、スタッズ・ターケルスタッズ・ターケル自伝』(共訳、2010)、ジャイルズ・ミルトン『さむらいウィリアム』(2005、以上、原書房)、スチュアート・ケリー『ロストブックス』(共訳、2009、晶文社)、リンダ・グレキン『方向オンチな女たち』(メディアファクトリー、2001)他。

 

目次

序章
第1章 ミュータント──はじめに
第2章 完全な結合──胚の体軸について
第3章 最後の審判──顔について
第4章 クリーピー・ベル──手足について
第5章 わたしの骨の骨,わたしの肉の肉──骨格について
第6章 ツルとの戦い──身長について
第7章 完全なものへの欲望と追求──性について
第8章 うたかた──皮膚について
第9章 節制生活──老化について
第10章 多様性──エピローグ

謝辞
監修者あとがき
訳者あとがき
注釈
参考文献
索引

 

参考図書

アリストテレス 生物学の創造 上

アリストテレス 生物学の創造 上

 

 

アリストテレス 生物学の創造 下

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