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「戦争の世紀」を生きた政治哲学者~ハンナ・アーレント~

ハンナ・アーレント

「戦争の世紀」を生きた政治哲学者

矢野久美子著  中公新書

ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者 (中公新書)

ハンナ・アーレント(Hannah Arendt、1906~1975)は、ドイツ出身の哲学者、思想家で、ユダヤ人です。ナチズムが台頭したドイツから、アメリカ合衆国に亡命し、のちに教鞭をふるい、主に政治哲学の分野で活躍しました。特に全体主義を生みだす大衆社会の分析で知られています。

 

本書は、ハンナ・アーレントを知るのに最適な入門書です。ハンナ・アーレントの生涯を、時間の流れに沿って、簡潔にまとめています。文章も平易ですので、とても読みやすいです。また、本書は『全体主義の起源』や、『人間の条件』、『イェルサレムのアイヒマン』などのハンナ・アーレントの著作の道案内にもなっています。

 

本書の中で印象的だったのは、「アイヒマン論争」の項目です。ハンナ・アーレントが、アイヒマン裁判を傍聴して、雑誌の『ニューヨーカー』に「イェルサレムのアイヒマンー悪の陳腐さ」を掲載すると、非難の嵐に巻き込まれました。

問題となったこの論文は、元ナチ官官僚アドルフ・アイヒマンを悪の権化ではなく思考の欠如した凡庸な男であると指摘し、また、ユダヤ評議会のナチへの協力した点にもふれました。すると、アイヒマンを擁護したのではないかと、ユダヤ人らの反感を生みました。

アーレントのいう全体主義による思考停止とは誰にでも起こりうる「根源悪」を言ったもので、まさか自分が友人らから絶交され、ユダヤ人同胞からも全体主義による思考停止によってバッシングされるとは思いもよらなかったと思う。

目次

まえがき

第1章 哲学と詩への目覚め―一九〇六‐三三年

Ⅰ子供時代 Ⅱマールブルクとハイデルベルクでの学生生活 Ⅲナチ前夜
第2章 亡命の時代―一九三三‐四一年

Ⅰパリ Ⅱ収容所体験とベンヤミンとの別れ 

第3章 ニューヨークのユダヤ人難民―一九四一‐五一年

Ⅰ難民として Ⅱ人類にたいする犯罪 Ⅲ『全体主義の起源』

第4章 一九五〇年代の日々

Ⅰヨーロッパ再訪 Ⅱアメリカでの友人たち Ⅲ『人間の条件』

第5章 世界への義務

Ⅰアメリカ社会 Ⅱレッシングをとおして Ⅲアイヒマン論争

第6章 思考と政治

Ⅰ「論争」以後 Ⅱ暗い時代 Ⅲ「はじまり」を残して

あとがき

主要参考文献

ハンナ・アーレント略年譜

著者紹介

矢野久美子(やの・くみこ)
1964年、徳島県生まれ。2001年、東京外国語大学大学院博士後期課程修了。学術博士。現在、フェリス女学院大学国際交流学部教授。思想史専攻。

著書『ハンナ・アーレント、あるいは政治的思考の場所』(みすず書房,  2002)