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お薦めの本を紹介します

世界史を変えた13の病

世界史を変えた13の病

ジェニファー・ライト[著]

鈴木涼子[訳]

世界史を変えた13の病

今年(2020年)は、世界中を新型コロナウイルスが猛威をふるってます。そこで過去において世界史を変えた病について書かれてある本書を紹介します。

本書は、歴史的に世界で流行した病を当時の政治、文化等と関連付けて記述され、特にペスト、天然痘、チフス、ハンセン病、コレラ、スペインかぜなどのたくさんの死者を出した病を歴史上の文献や書物、新聞や発言などを踏まえてまとめた一冊です。

本書では具体的に時代、街や環境の描写、感染経路となる人物の特徴や、いかに信じ難い療法に人が頼り、誤った医療をやったのかなどを著者の考えを交えて書かれてます。

では、印象に残った項目を挙げます。

最初の項目はアントニヌスの疫病ですが、病名はローマ帝国の皇帝「マルクス・アウレリウス・アントニヌス」に由来します。また、「アントニヌスの疾病」は天然痘か麻疹か発疹チフスのどの疾病か議論が分かれるところですが、天然痘説が有力です。そして、「アントニヌスの疾病」をローマ帝国衰退に関連させて記述してます。この疾病での社会的影響の特徴はローマ帝国の軍隊内に疾病が広がり、軍隊の弱体化を引き起こしたことあります。

ペスト(黒死病)の項目では、14 世紀の年代記述によると下水道に住む、砕いたエメラルドを食べる、病人を見ない、生玉ねぎを刻み家じゅうに置く、尿 / 膿を飲むなどの信じられない療法が取られていたことが記述されてます。また、ユダヤ人が井戸に毒を入れたせいで、疫病が広がったという誤った認識でユダヤ人が虐殺された事についても書かれてます。

天然痘の項目ではスペイン人がアステカ、インカ帝国を滅ぼしたのは天然痘が要因であったこと、そしてイギリスの医師・科学者であるジェンナーによると酪農婦が牛痘(手に小さな腫れ物がいくつかできる程度ですむ)にかかると天然痘にかからないということを見つけたこと、そのことにより感染症にとって予防接種がいかに大切かが書かれてます。

コレラの項目では、19世紀には悪臭がコレラを引き起こすと考えられていたので、エッフェル塔の頂上からきれいな空気を集めて地上に分配するという意味不明な療法が書かれてます。そして、イギリスの医師のジョン・スノウがロンドンの給水ポンプで汚染された水を介してコレラが伝染することを突き止めた話が書かれてます。また、コレラが伝染しないために公衆衛生がたいへん大事であることが分かります。

ハンセン病の項目では米国においてハワイのモロカイ島が隔離先になり、モロカイ島でのダミアン神父の真摯な活動が印象的です。ダミアン神父はハンセン病患者と暮らすこと選び、実質的にも精神的にもハンセン病患者を助け、その間に自らもハンセン病に感染しました。マザー・テレサはダミアン神父について「ダミアンが仲裁する前は、人々はハンセン病患者を人間扱いしてなかった。人々の恐怖を減らし、世の中の不幸と闘う意欲を与えたことで奇跡を行った。」と言ってます。著者も本書の中で一番の英雄はダミアン神父だと思うと書いてます。

腸チフスの項目では、デザート料理人のメアリーが発病せず保菌者として 何 年にもわたって、累々と感染させていたという信じられない話が記述されてます。感染先では貝売り、従僕、使用人、洗濯係が感染源と疑われ続けますが、なかなかメアリーを見つけることが出来ずに、発見、隔離されてもメアリーが裁判という公平な手段で復帰し更に死者を増やしたことが記述されてます。今年(2020年)の新型コロナウイルスでも無症状の保菌者が問題になってますが、メアリーの行動を追うと無症状保菌者の危険性がよく分かります。
スペインかぜは現在(2020年)の新型インフルエンザと類似の感染症です。なぜスペインという名称が付いたのか。それは、第一次世界大戦中なので、アメリカ等において疾病が流行してたのに国家で隠蔽工作し、中立だったスペインが疾病を隠す必要がなかったので、最初にスペインで疾病により多数の死者がでているという報道が世界に知られることになったからです。
1918 年に なっても、 14 世紀のように道に死骸が累々とトラックによって集められた死体が山積みになったといいます。ニューヨークで9 月から 10 月で 4 万人近くが、全米で は20 万人規模の死者が出たと言います。そんな混乱状態になるとペストのときと同様に、迷信を信じない人でも下らない療法にすがりつくようです。 例えば、酒が処方箋で出されたり、キニーネ、オイル、クリームバームなど効果の無いものにすがる人が記述されてます。

本書の中で著者は大切な事を言ってます。「何より、病人を悪者扱いせず、病人と病気を切り離して考え、病気を全人類の敵とみなすことが大切だ」と。

訳者もあとがきで大切な事を言ってます。「疾病が発生したとき、それにどう対処するかでその後の展開が大きく変わる。医師や科学者、政治家の役割は重要だが、わたしたち一般市民も冷静な行動を取らなければならない」と。今年(2020年)の新型コロナウイルスの世界的な流行をみると本当に的を得てます。

本書を読んで「過去から教訓を学び二度と同じ過ち繰り返さない」ことがとても大切であるとつくづく思いました。

内容紹介

数多くの犠牲者を生み、時には文明を崩壊させた疫病の数々が、人類史に与えた影響とは?無知蒙昧からくる迷信のせいで行われた不条理な迫害や、命がけで患者の救済に尽くした人、病気にまつわる文化までの知られざる歴史。

 引用元:原書房

著者等紹介

ジェニファー・ライト (Jennifer Wright)

ニューヨーク在住の作家。「ヴォーグ」「ニューヨーカー」等の雑誌への寄稿を経て、2015年に初の著書It Ended Badly:Thirteen of the Worst Breakup in History(『史上最悪の破局を迎えた13の恋の物語』原書房刊)を出版。女性に焦点をあてたエンターテインメント色の強い歴史書を執筆することを目指している。

鈴木 涼子(すずき・りょうこ)

明治学院大学文学部英文学科卒業。出版翻訳者。訳書に『理想の花嫁と結婚する方法 児童文学作家 トーマス・デイの奇妙な実験』(原書房)がある。

目次

はじめに
アントニヌスの疫病――医師が病気について書いた最初の歴史的記録
腺ペスト――恐怖に煽動されて
ダンシングマニア――死の舞踏
天然痘――文明社会を即座に荒廃させたアウトブレイク
梅毒――感染者の文化史
結核――美化される病気
コレラ――悪臭が病気を引き起こすと考えられた
ハンセン病――神父の勇敢な行動が世界を動かした
腸チフス――病原菌の保菌者の権利
スペインかぜ――第一次世界大戦のエピデミック
嗜眠性脳炎――忘れ去られている治療法のない病気
ロボトミー――人間の愚かさが生んだ「流行病」
ポリオ――人々は一丸となって病気を撲滅した
エピローグ
訳者あとがき
原注

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