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猫を棄てる  父親について語るときー時が忘れさせるものがあり、そして時が呼び起こすものがあるー

猫を棄てる

父親について語るとき

村上春樹

猫を棄てる 父親について語るとき

本書は、月刊誌「文藝春秋」令和元年六月特別号の特別寄稿「猫を棄てる―父親について語るときに僕の語ることー」を書籍化したものです。

内容は、村上春樹さんの子ども時代の経験を基に、猫とのエピソードを絡めながら、「父親のこと、特に戦争体験」、「祖父のこと」、「母親のこと」等を綴っています。
本書を通して村上春樹さんが特に伝えたかったことは、「いろんな世代の人に、ごく普通の市民の人生や心を大きく変えてしまう戦争について、考えてみませんかという提言」だと思います。

本書には、イラストレーターの高妍さんの素敵な挿絵が随所に散りばめてあり、挿絵を眺めてるだけでも、ほっこりした気持ちになります。

 初めのところで、幼い村上春樹さんと父親がいっしょに海岸に、大きくなった雌猫を棄てに行き、棄てたはずの雌猫が、自転車より早く、先回りして家に戻ってきたというエピソードには驚きました。
 これまでの村上さんの数多くの作品の中に、「父親」のことはほとんど書かれていません。本書では、たいへん詳細に「父親」のことを書いているのには、村上春樹さんの父親に対する思いが伺えます。

また、ずいぶん詳しい調査結果も含め様々なことを書いていることによって、村上春樹さんの父親及び両者の関係をより深く知る事ができました。

 特に印象に残った箇所をいくつかあげてみます。一つ目は、父親の従軍体験、とりわけ中国大陸で彼の属していた部隊が捕虜の処刑に関わったという記述が衝撃的です。それは、以下の記述になります。

「一度だけ父は僕に打ち明けるように、自分の属していた部隊が、捕虜にした中国兵を処刑したことがあると語った。・・・父はそのときの処刑の様子を淡々と語った。中国兵は、自分が殺されるとわかっていても、騒ぎもせず、恐がりもせず、ただじっと目を閉じて静かにそこに座っていた。

そして、斬首された。・・・同じ部隊の仲間の兵士が処刑を執行するのをただそばで見せられていたのか、あるいはもっと深く関与させられたのか、そのへんのところはわからない。・・・いずれにせよその父の回想は、軍刀で人の首はねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼きつけられることになった。・・・」(pp.47~pp.52)以上のことが、『ねじまき鳥クロニクル』、『騎士団長殺し』などの村上春樹さんの作品に与えた影響は少なくないと思います。

二つ目は、村上春樹さんの父親と母親が出会い、村上春樹さん自身が生まれ事についてのエピソードです。

「もし父が兵役解除されずフィリピン、あるいはビルマの戦線に送られていたら・・・もし音楽教師をしていた母の婚約者がどこかで戦死を遂げなかったら・・・と考えていくととても不思議な気持ちになってくる。

もしそうなっていれば、僕という人間はこの地上には存在しなかったわけなのだから。そしてその結果、当然ながら僕というこの意識は存在せず、従って僕の書いた本だってこの世界には存在しないことになる」(pp.90)

ということは、もし村上春樹さんの父親が戦争で亡くなっていたら村上春樹さんは存在しなかったことになります。その事から当然に導かれることは、村上春樹さんの作品もなかったことになります。これらの事から、人間の運命というものを感じずにはいられません。

3つ目が村上春樹さん自身の戦争に対する向き合い方です。

村上春樹さんは、過去の戦争の記憶を、たとえ一部であっても引き継いでいくことの大切さ、一国民としての「一滴の雨水の責務」を教えてくれます。戦争の傷跡は、殺す方、殺される方の双方の心と魂にも深く残って「大きなしこり」になります。
 我々の個体としての記憶は、肉体の死と共に消えていく。消えていくからこそ、「受け継いでいく」責務がある。我々はそれを忘れてはならない。

一滴の雨水は、「集合的な何かに置き換えられて消えていく」、名もなき一滴としての一国民は、「集合的な何かに置き換えられていくからこそ各自、それなりの記憶を後世に残し、受け継いでいく責務がある、(pp96~pp.97)という考えを提示します。

 村上春樹さんは最後のほうで、もうひとつ子ども時代の猫にまつわる思い出を綴ってます。飼っていた白い小さな子猫がするすると松の木に勢いよく登っていったのです。しかし、高く上ったために降りられなくなり助けを求める情けない声で鳴いたのです。
幼い村上春樹さんは父に来てもらって、助けてやれないものかと頼みます。
しかし、余りに高いため梯子だって届きません。日は段々暮れて子猫はその儘です。翌朝松の木を見上げると子猫の姿は見えませんでした。夜のうちに何とか降りてきてどこかへ行ってしまったのか。あるいは必死にしがみついたまま、死んで干からびてしまったのか、定かではありません。
その事から幼い村上春樹さんは、ひとつの教訓を学びます。それは、「降りることは、上がることより難しい」ということから、一般化して「結果は起因をあっさりと呑み込み、無力化していく」という事を学び、それはある場合には猫を殺し、ある場合には人をも殺す(pp.94)という事をも提示することになります。

 一番最後に、村上春樹さんは、夙川の家の、庭に生えていた高い松の木の上のことを考えます、「その枝の上で白骨になりながら、消え損なった記憶のようにまだそこにしっかりとしがみついているかもしれない子猫のこと思う。」(pp.97)、そして、村上春樹さんは、今でもときどき消え損なった記憶のことに思いを巡らせます。

私が本書を読了して思ったのは、村上春樹さんの「集合的な大きな川の流れの中での「一滴の雨水」の思いを受け継ぐ責務を忘れてはいけない。」という教訓を、いつまでも心の中に留めていなければならないという事です。

本書について、村上春樹さんは、次のように語ってます。「いろんな世代の人が読み、ごく普通の市民の人生や心を大きく変えてしまう戦争について、いろんな読み方をしてもらうといいな」と。

内容紹介

村上さんが初めて父親の戦争体験や自身のルーツについて綴った作品で、昨年(2019年)の文藝春秋読者賞を受賞しました。書籍化に際し、台湾の新進気鋭のイラストレーターである高妍さんが13点の挿絵を描いています。

村上春樹さんからの言葉

 亡くなった父親のことはいつかきちんと文章の形にしなくてはならないと、前々から思ってはいたのだが、なかなか取りかかれないままに、年月が過ぎていった。身内のことを書くというのは(少なくとも僕にとっては)けっこう気が重いことだったし、どんなところからどんな風に書き始めれば良いのか、それがうまくつかめなかったからだ。でも、父と一緒に猫を棄てに行ったときのことをふと思い出して、そこから書き出したら、文章は思いのほかすらすらと自然に出てきた。

 僕がこの文章で書きたかったのは、戦争というものが、一人の人間――ごく普通の市民だ――の人生や心をどれくらい大きく変えてしまえるかということだ。そしてその結果、僕がここにいる。でも僕としてはそれをいわゆる「メッセージ」として書きたくはなかった。ただの個人的な事実として、そのまま静かに示したかっただけだ。僕にとってはちょっと特別な意味を持つ小さな書物であり、いろんな年代の人々に、いろんな読み方をしてもらえるといいなと思っている。

担当者編集者のひと押しコメント!

村上春樹さんから「父親のことについて書きたい」と相談されたのは、戦後70年の節目を迎えた5年前の夏の終わりでした。日中戦争の際に徴兵されて中国に出征したお父様の軍歴や足跡を調べて文章にしたいというお話でした。

 お父様は2008年に90歳で亡くなられたのですが、その翌年、村上さんはエルサレム賞受賞式のスピーチで、お父様が中国での戦闘に参加したことに触れられていました。それまで村上さんがご家族や自身のルーツについて語られることはほとんどなかったので、「壁と卵」と題されたそのスピーチは強く印象に残っていました。

 ですが、村上さんはお父様の軍歴を調べる決心をするまでに長い期間がかかったといいます(その理由は『猫を棄てる』の中で述べられています)。村上さんからお話があった後、微力ながら、編集部でもお父様の詳細な軍歴や配属された部隊の戦闘の記録などを調べるお手伝いをしました。そうした記録を村上さんにお届けし、村上さんの中で一つの作品として完成していくのをじっと待っていました。

 そして、書き上げられた作品を拝読したとき、いろいろなことが腑に落ちたような気がしました。村上さんがなぜ長い時間をかけてこの作品に向き合われてきたのか、村上さんがなぜお父様の体験を小説ではなく一つの事実として書こうと思われたのか、また、その事実がこれまでの村上さんの小説にどのような影響を与えてきたのか――。

『猫を棄てる』は、村上文学を読むときの一つの羅針盤のような作品なのではないかと、個人的には思っています。

引用元:文藝春秋BOOKS

 著者等紹介

村上春樹(むらかみ・はるき)

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』などの短編小説集、エッセイ集、紀行文、翻訳書など著書多数。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、2009年エルサレム賞、2011年カタルーニャ国際賞、2016年ハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞を受賞。

高妍(Gao Yan・ガオ イェン) 1996年、台湾・台北生まれ。台湾芸術大学視覚伝達デザイン学系卒業、沖縄県立芸術大学絵画専攻に短期留学。現在はイラストレーター・漫画家として、台湾と日本で作品を発表している。自費出版した漫画作品に『緑の歌』と『間隙・すきま』などがある。2020年2月、フランスで行われたアングレーム国際漫画祭に台湾パビリオンの代表として作品を出展した。

 

 

目次

猫を棄てる

あとがき

参考図書 

 

 

kazamori.hatenadiary.jp

 関連サイト

books.bunshun.jp

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