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”トランプ後”の世界は?ーファシズム 警告の書ー

ファシズム 

 警告の書

マデレーン・オルブライト

白川貴子・高取芳彦 訳

みすず書房

ファシズム

 

[目次]

出版の経緯

著者(マデレーン・オルブライト)が、本書の執筆を決断するきっかけについて、「ぺーパーバック版まえがき」で、次のように述べています。

「私たちの多くにとって当惑の年となった2016年」に発生した2つの事件にあったと、つまり、英国のEU離脱プレグジット)とトランプ大統領の当選です。その結果、著者は、「世界中の民主主義が直面している試練や罠」について分析する必要性を痛感しました。

そして、「アメリカの影響力の低下が一因となり、世界の自由、繁栄、平和に対するファシズムとファシスト的政策の脅威が、第二次世界大戦が終わって以降、類を見ないほど深刻化している」との著者の強い危機感から本書の出版でした。

著者は、本書でファシズムが1世紀ぶりに再来しかねないと警告し、民主主義の重要性を説きます。原書の初版発行は、トランプ大統領の在任中の2018年4月に出版され、日本語版は、米大統領選挙を間近に控えた2020年10月に出版されました。

マデレーン・オルブライトの生い立ち

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マデレーン オルブライト Tee Makes

民主党のクリントン政権下での国連大使、米国初の女性国務長官を務めた著者は、幼少期と少女時代に、ナチズムスターリニズムというファシズムの脅威から逃れるために2度の亡命を余儀なくされてます。

また、ナチスによるユダヤ人大虐殺であるホロコーストでは何百万人もが犠牲になりましたが、その中には、著者自身の親族である「三人の祖父母をはじめ、おじ、おば、いとこたちが何人も含まれていた」と明かします。

マデレーン・オルブライトは1937年5月15日、チェコスロバキアのプラハでユダヤ系家庭に生まれ、カトリック教徒として育てられます。彼女のチェコスロバキア時代の名前はマリー・ヤナ・マドレンカ・コルベルです。

幼少期の1939年3月、アドルフ・ヒトラーが率いるドイツ軍が侵攻してきたため、父母に連れられて英国のロンドンに亡命します。

その後、第二次大戦後には、一家は母国のチェコスロバキアに戻ります。しかし、1946年、チェコスロバキアはソ連のスターリンの圧力を受けて共産化したことから、外交官だった父ら家族と米国へ政治亡命します。当時、マデレーン・オルブライトは11歳でした。

その後、米国籍を得てウェルズリー大学を卒業、コロンビア大学で政治学博士号を取得します。カーター政権で国家安全保障会議(NSC)のスタッフ、カトリック系の名門ジョージタウン大学の教授などを経て、クリントン政権で1993年に国連大使、1997年には国務長官を歴任します。

米国で女性が外交のトップに立ったのは初めてでした。因みに、 河野太郎元外相、規制改革担当相(2021年2月現在)は、ジョージタウン大学の教え子です。

ファシズム

ファシズムの意義

ファシズムは20世紀の初頭に出現しました。第一次世界大戦後の経済的な混乱の中、1920年代のイタリアベニート・ムッソリーニに率いられたファシスト党の活動から起きました。結束主義とも訳されるファシズムの語源は、イタリア語で「束(たば)」を意味するファッショ(fascio、単数)とされています。

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ムッソリーニとヒトラー manaedia.jp

ファシズムは、政治家が民衆の不安や不満をすくい上げる形で権力を掌握し、嘘や暴力まで行使して統治するような政治運動、体制を指します。言論を統制し、巧みな宣伝や脅しで自由主義や共産主義を排撃します。

全体主義、軍国主義、民族主義的な特色もあります。対外的には帝国主義的な侵略政策を取ることが多いのです。もともとはムッソリーニの政治運動でしたが、独裁的、非民主的な政治体制の総称となっていきました。

ファシスト

 ファシズムを主義とする政治家は「ファシスト」と呼ばれます。著者によりますと、「特定の集団や国家に自分を重ね合わせてみずからをその代弁者とみなし、人々の権利に無関心で、目標達成のためには暴力も辞さずにどんなことでもする人物」をファシストと言います。

そして、著者は、ファシストとして「ムッソリーニヒトラーはファシズムの体現者だった」と指摘します。現代では北朝鮮の金正恩を真正のファシストであると指摘し、将来、ファシズムに転化する危険な政権としてトルコのエルドアン政権、ロシアのプーチン政権等を例示してます。 

ファシズムの特徴

本書によると、ファシズムの特徴として「ファシストの態勢が定着するのは、社会的な拠り所が見つけられず、誰もが嘘をつき、盗み、自分のことしか考えていないときである。」(ⅴ頁)と説明します。

つまり、ファシズム成立の前提には、民衆による既存の体制に対する深刻な不満や反発があり、その条件を利用してファシストは、反体制的なスローガンを掲げ、場合によっては、嘘や暴力をを行使して民衆の 支持を取り付け、権力を把握した後には反対党を一掃し、人種的マイノリティなどを虐殺するといった反民主的・反人道的な行動にでるという特徴があります。 

著者のトランプ 政権の評価

著者は、元トランプ大統領について、「現代アメリカ史上初の反民主主義的な」人物と評価します。それは、「民主主義の仕組みや平等と社会正義の理念、価値観や意見の異なる同士の対話、市民道徳、アメリカそのものを、日々あまりにも頻繁に、朝早くから、これ見よがしに貶める」(252頁)からだといいます。

トランプ後の世界

著者は”トランプ後”の世界について憂慮します。それは、「数年後、トランプは民主主義の気まぐれを証明する忘れられない教訓になっているかもしれない。アメリカ政治に全治数十年の大怪我をさせた張本人になっているかもしれない。その傷がなえるまで、すべての大統領が失敗するだろう。実現不可能な公約を掲げる大統領しか当選できなくなるからだ。トランプ流を拒絶すべきか、模倣すべきか、政治家たちが最近の経験からどちらかを学ぶことによって、多くのことが決まる。」(240頁)と指摘します。

歴史の教訓・警句

ファシズムの脅威を体験し、2度も亡命して学者、政治家となった著者は、本書でファシズムに関する歴史の教訓や警句を数多くちりばめています。それが本書の魅力となっていますので、例をいくつか挙げてみます。

ファシズムは政治的なイデオロギーとしてよりも、権力を掌握する手段としてとらえるべきではないのか

「一九二〇年代のイタリアや一九三〇年代のドイツでは、共産主義への恐怖がファシズムの台頭をうながした

反民主主義的なやり方が一定期間にわたり、それが自分たちの利益になると考えられる場合には特に、一部の人々に歓迎されることが少なくない事実についても、十分承知しておくことが大切である

ファシズムには、もうひとつ覚えておくべき特徴がある。たいていの場合、目立たないかたちで登場するということだ

ファシズムは一気に飛躍を遂げるのではなく、徐々に根を張る

歴史が教えているとおり、ファシストは選挙を通じて高い地位につくことができる

出版社の内容紹介

「ファシストたちに初めて暮らしを方向転換させられたのは、私がよちよち歩きを始めたばかりの、1939年3月15日だった。その日、生まれ故郷のチェコスロバキアにドイツ軍がなだれ込んできたのだ」(第1章より)

 
米国初の女性国務長官となったオルブライト(1937-)が鳴らす「ファシズム」復活への警鐘。プラハのユダヤ系家庭に生まれ、ナチズムとスターリニズムの脅威を逃れて一家でアメリカに亡命した過去をもつ彼女ほど、このテーマを語るのにふさわしい人物はいない。幼少期の戦争体験から説き起こし、クリントン政権の国連大使、国務長官として対峙したミロシェビッチ、プーチン、金正日ら各国指導者の印象を交え、トランプ大統領誕生の前後から国内外で高まっている危険な兆候を国別に分析、その特徴と克服のための道筋を論じる。20世紀ファシズムの体験談、東欧研究者としての知見、外交トップとしての経験が盛り込まれ示唆に富む。『ニューヨーク・タイムズ』ベストセラー1位、『エコノミスト』年間ベストブックとなり、ドイツ、イタリア、韓国など各国で翻訳されている世界的話題作。
(引用元:みすず書房

著者等紹介

著者

マデレーン・オルブライト (Madeleine Albright)
第64代アメリカ合衆国国務長官(1997‐2001年)。米国初の女性国務長官。1937年、
チェコスロバキアのプラハでユダヤ系家庭に生まれる。父は同国の外交官。第二次世
界大戦直前に英国に避難し、戦後プラハに戻るが、1948年の共産党政権成立を機に一
家でアメリカに亡命。ウェルズリー大学を卒業後、コロンビア大学で政治学博士号取
得。カーター政権の国家安全保障会議スタッフ、ジョージタウン大学教授を経て、
1993年、第1期クリントン政権で国連大使。1997年、第2期クリントン政権の発足と
ともに国務長官に就任。2001年に退任後は、民主党国際研究所(NDI)所長を務め、
ジョージタウン大学大学院でも教鞭を執る。著書にMadam Secretary(Miramax,
2003),Prague Winter(Harper,2012),Hell and Other Destinations(Harper,
2020)などがある(いずれも未邦訳)。2012年に米大統領自由勲章、2018年に旭日大
綬章を受章。

訳者

白川 貴子(しらかわ・たかこ)
翻訳家。国際基督教大学卒業。獨協大学外国語学部講師。訳書に、クレイン『ユー・アー・ヒア』(早川書房、2019)、アレグザンダー『プルーフ・オブ・ヘヴン』(早川書房、2013)、クライネンバーグ『シングルトン』(鳥影社、2014)、オルドバス『天使のいる廃墟』(東京創元社、2020)ほか多数。

高取 芳彦(たかとり・よしひこ)
英語翻訳者。書籍翻訳のほか、ニュース記事の翻訳・編集を手掛ける。訳書にファイフィールド『金正恩の実像』(共訳、扶桑社、2020)、サンガー『サイバー完全兵器』(朝日新聞出版、2019)、ハーディング『共謀』(共訳、集英社、2018)、ダントニオ『熱狂の王 ドナルド・トランプ』(共訳、クロスメディアパブリッシング、2016)ほか多数。

解説者

油井  大三郎 (ゆい・だいざぶろう)

1945年生まれ。東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授。専門は日米関係史、国際関係史。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。著書『戦後世界秩序の形成』(東京大学出版会、1985)、『未完の占領改革』(東京大学出版会、増補新装版、2016)、『好戦の共和国アメリカ』(岩波新書、2008)、『避けられた戦争』(ちくま新書、2020)ほか多数。

本書の目次

ペーパーバック版まえがき

第 1 章 怒りと恐怖を操る教義
第 2 章 地上最大のショー

第 3 章 蛮族を目指す
第 4 章 同情無用
第 5 章 カエサル勢の勝利
第 6 章 崩壊
第 7 章 民主政治の独裁
第 8 章 遺体がたくさん
第 9 章 難しい芸当
第10章    終生の大統領
第11章    偉大なるエルドアン
第12章    KGBから来た男
第13章  「私たちは私たちです」
第14章  「首領様は永遠に私たちと共にいらっしゃる」
第15章    アメリカ大統領
第16章 悪夢
第17章 問うべきこと

謝辞

解説 油井 大三郎

原注

人名索引