がん闘った科学者の記録
(著) 戸塚洋二
(編)立花 隆 文春文庫
本書は、ノーベル物理学賞受賞者、小柴昌俊氏の弟子で次期ノーベル賞に最も近いと言われた著者が、志半ばでがんを患い、生涯を終えるぎりぎりまで、科学者の目で自らの病状を客観的に綴った本です。
刻々と悪化の一途を辿る自らの病状、投与される抗がん剤の効果を示すグラフ、散歩の途中で目にする草木や庭の花々について写真に収めながら、徹底的に分析するところなどいかにも科学者らしいです。
著者は 「自分の命が消滅した後でも世界は何事もなく進んでいく」 「自分が存在したことは、この時間とともに進む世界で何の痕跡も残さずに消えていく」 「自分が消滅した後の世界を垣間見ることは絶対にできない」 ということに気づき慄然とします。 そして人生が終わるという恐ろしさを考えないように気を紛らわして死までの時間を過ごさなければならないと考えます。
死の恐れを克服するための手段の一つが徹底的なデータ分析の作業でした。 腫瘍の大きさと抗がん剤との関係、その投与時期のタイミング等のち密なデータ分析は、彼の東大時代からの友人で元国立がんセンター長の垣添忠生氏に「おそらく世界に例がない」とまで言わせています。
また著者は「一日一日を充実してお過ごしください」と言われるのが一番困るとも書き、正岡子規の次のような言葉を紹介しています。
「死を前にした正岡子規がこんなことを言っているんですよ。『悟りということは如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りという事は如何なる場合にも平気で生きていることであった』」
近い死を宣告された時に精神のバランスをどう保つかという課題は最も関心のあるところです。立花隆の序文と、著者との対談、垣添氏の解説も読みごたえがあります。
内容紹介
恥ずかしい死に方をしたくない。私の体験ががん患者へのアドバイスとなれば――ニュートリノ観測によりノーベル賞が確実視されていた物理学者・故戸塚洋二氏が、科学者ならではの冷徹な視線で綴っていた最期の日々。
ニュートリノ観測でノーベル賞も確実と言われた物理学者・戸塚洋二さん。
本書は、がんで「余命わずか」と宣告されてから死に至る直前までの一年弱の間、戸塚さんがみずからの病を見詰めた記録です。
治療経過を克明に分析し、死と信仰について想い、そして庭の花々を愛でる……最後まで科学者ならではの冷静さで自らの病状の観察し、暖かなおもいに満ちた、心を打たれる闘病記。長年にわたり戸塚さんを取材してきた立花隆さんが編者となっています。(解説・垣添忠生)
著者等紹介
戸塚 洋二(とづか・ようじ)
1942年静岡県生まれ。72年東大大学院理学系研究科博士課程修了。88年東大宇宙線研究所教授に。98年世界で初めて素粒子ニュートリノに質量があることを発見した。仁科記念賞、パノフスキー賞、ベンジャミン・フランクリン・メダルなどを受賞。2004年、文化勲章を受章。2008年7月10日逝去 。
立花 隆(たちばな・たかし)
1940年長崎県生まれ。64年東大仏文科卒業。文藝春秋に入社するが、66年退社し東大哲学科に学士入学。在学中から評論活動に入る。74年の「田中角栄研究―その金脈と人脈」(「文藝春秋」11月号)は社会に大きな衝撃を与えた。人文、社会、科学など、その活動範囲は広い。
目次
序文 立花 隆
The First Three‐Months(2007年8月4日~2007年10月31日)
The Second Three‐Months(2007年11月3日~2008年2月8日)
The Third Three‐Months(2008年2月9日~2008年4月29日)
The Fourth Three‐Months(2008年5月3日~2008年7月2日)
対談「がん宣告『余命十九カ月』の記録」
戸塚洋二 X 立花隆
巻末註
略年表
解説 垣添 忠生
参考図書