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私はすでに死んでいるーゆがんだ<自己>を生みだす脳ー

私はすでに死んでいる

  ゆがんだ<自己>を生みだす脳

  アニル・アナンサスワミー

  [訳] 藤井留美 [解説] 春日武彦

     紀伊國屋書店

 

 書名の「私はすでに死んでいる」もショッキングですが、副題の「ゆがんだ<自己>を生みだす脳」もなかなか意味深です。本書は、自己の幻視に苦しみ悩む患者の具体的症状をもとに、奇妙な心の病気8種類について調査し考察した科学的で哲学的な精神医学の啓蒙書です。

本編を読む前に先に後ろの春日武彦氏の解説を読むと全体像が掴めて理解が進むと思います。
自分のことは自分が一番よく知っているのは当たり前だと思っていたのですが、この本に書かれている不思議な病気を読んで、驚いてしまいました。自分自身のことなのに、自分自身の身体を持つ自分というものを見失って誤認したり、あるいは、自分自身の存在自体が分からなくなってしまうという人たちが存在することにショックを受けました。そして、「自己の一体性・完全性」というのは、我々が日々感じているほど当たり前ではなく、ちょっとした障害で簡単に失われうるものということを知りました。

本書には、そういう自己認識がむしばまれた人たちの個別症状について具体的に書かれています。例えば、自分はすでに死んでいると主張したり、手足が無いように見えたり、自分が二重に見えたり、自分は自分でないと考えたり、自分の身体感覚がばらばらになったように思えたり、ゆがんで見えたり、目の前にもうひとり自分が立っていると主張するなどの症状です。

取り上げられる病気は、認知症、統合失調症、自閉症、ドッペルゲンガーのような症状そのものはわりと有名なものもありますが、あまり知られていないものも色々取り上げられています。特に、自己の存在感を感じられず「私の脳は死んでいる」と主張するコタール症候群、自分の足が自分のものではなく感じられ、足を切り落としたがる身体完全同一性障害(BIID)は、想像もできないような症状です。

著者は科学ジャーナリストでありますが、エピローグでは自己を突き詰めて悩みます。そして、なぜ、物質が精神を生みだすのか。なぜ、無限に広がる宇宙が、私という人間を生みだしたのか。という答えのない問いを投げ掛けます。

本書の全部を理解したとは、言い切れませんが、ショッキングでスリリングな本で読みごたえはあります。 

内容紹介

「自分の脳は死んでいる」と思いこむコタール症候群、自分の身体の一部を切断したくてたまらなくなる身体完全同一性障害、何ごとにも感情がわかず現実感を持てない離人症―当事者や研究者へのインタビューをはじめドッペルゲンガー実験や違法手術の現場も取材し、不思議な病の実相と自己意識の謎に、神経科学の視点から迫る。

 

「いやいや、私の脳は死んでるんです。
精神は生きてますが、脳はもう生きてないんですよ」
「自分は死んでいる」と思いこむコタール症候群、自分の身体の一部を切断したくてたまらなくなる身体完全同一性障害(BIID)、何ごとにも感情がわかず現実感を持てない離人症――
自己感覚が損なわれる珍しい精神疾患を抱える患者やその家族をはじめとし、ドッペルゲンガーの経験者、自閉症スペクトラム障害の当事者などへのインタビュー、それらを治療・研究する精神科医や神経科学者への取材をもとに、不思議な病や現象の実相を描き出す。著者はときには違法な下肢切断手術の現場に同行したり、錯覚を起こす実験に参加してみずから体外離脱を体験しようと試みたりするなど、ユニークなアプローチで〈自己意識〉という難問に迫る。

〈私〉とは、いったい誰なのか? 神経科学の視点から〈自己〉の正体を探るポピュラーサイエンス読み物。

‟オリヴァー・サックスの著作を彷彿とさせる”――『サイエンス』誌
ニコラス・ハンフリー、マイケル・ガザニガ、フランス・ドゥ・ヴァールらも称賛!
春日武彦氏による解説を収録。

引用元:紀伊國屋書店

 著者等紹介

アニル・アナンサスワーミー(Anil Ananthaswamy)
『ニューサイエンティスト』誌のニュース編集者を経て、同誌のコンサルタントを務める。カリフォルニア大学サンタクルーズ校のサイエンスライティング・プログラムのゲスト編集者や、インド・バンガロールの国立生命科学研究センターで年に一度開講される科学ジャーナリズムワークショップのオーガナイザーとしても活動。英国物理学会の物理学ジャーナリズム賞、英国サイエンスライター・アワードの「最も優れた研究報道」に贈られる賞を獲得している。初の著書『宇宙を解く壮大な10の実験』(河出書房新社)は2010年に英国物理学会『フィジックス・ワールド』誌で「2010年の本」の第一位に選ばれた。バンガロールとカリフォルニア州バークレーを拠点にしている

藤井留美(ふじい・るみ)
翻訳家。訳書にスティーヴンズ『悪癖の科学』、ガザニガ『〈わたし〉はどこにあるのか』(以上、紀伊國屋書店)ほか多数。

春日武彦(かすが・たけひこ)
精神科医。都立松沢病院精神科部長、都立墨東病院神経科部長などを経て、現在も臨床に携わる。著書に『私家版 精神医学事典』(河出書房新社)、『鬱屈精神科医、お祓いを試みる』(太田出版)ほか多数。

目次

プロローグ
第1章 生きているのに、死んでいる
――「自分は存在しない」と主張する人びと 【コタール症候群】
第2章 私のストーリーが消えていく
――ほどける記憶、人格、ナラティブ 【認知症】
第3章 自分の足がいらない男
――全身や身体各部の所有感覚は現実と結びついているのか? 【身体完全同一性障害(BIID)】
第4章 お願い、私はここにいると言って
――自分の行動が自分のものに思えないとき 【統合失調症】
第5章 まるで夢のような私
――自己の構築に果たす情動の役割 【離人症】
第6章 自己が踏みだす小さな一歩
――自己の発達について自閉症が教えてくれること 【自閉症スペクトラム障害】
第7章 自分に寄りそうとき
――体外離脱、ドッペルゲンガー、ミニマル・セルフ 【自己像幻視】
第8章 いまここにいる、誰でもない私
――恍惚てんかんと無限の自己 【恍惚てんかん】

エピローグ
最後に
謝辞
解説 春日武彦
原注
索引

 参考図書