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人を愛するに足り、真心は信ずるに足るーアフガニスタンとの約束ー

人を愛するに足り、

真心は信ずるに足る

ーアフガニスタンとの約束ー

人は愛するに足り、真心は信ずるに足る――アフガンとの約束

「ペシャワール会」代表の中村哲医師が、2019 年12月4日にアフガニスタンにおいて、車で移動中に何者かに銃撃を受け、お亡くりになりました。ご冥福をお祈り申し上げます。

中村哲さんは、アフガニスタンのハンセン病患者たちの命を救うべく医師としてアフガン二スタンに赴くも、現地の惨憺たる環境に医師としての限界を感じ、荒廃した砂漠地に豊饒な水をもたらす為の水路建設こそ自らの使命ではないかと思います。以来30年以上をそれに尽力してきました。

本書は、中村哲さんの生い立ちやアフガニスタンでの活動等について書かれてます。また、ノンフクション作家澤地久枝さんとの対談方式となっておりますので、中村哲さんの人物像と生き方を知りたい人たちには、恰好の入門書ではないかと思います。

中村哲さんの功績は、日本人のNGO活動家の中でも先駆的かつ抜きん出たものであり、人間としての良心と崇高な信念の極致と呼べるものです。一口に水路建設と言っても、日本から遠く離れた未開の地で、資金も乏しく技術もないに等しい素人集団が、それを20年以上も作り続ける、本当に気の遠くなるような道程だと思いますが、辛苦な過去に殆ど触れる事なく、淡々と語っているその誠実さに人間としての度量の大きさを感じます。

インタビューは、2008年と2009年の2回に分け行われたものです。911以後テロリストの巣窟としてアメリカの報復攻撃が激化し、日増しに治安悪化で危険が増幅している中、中村哲さんは、相変わらず現地に残り陣頭指揮を執る唯一の日本人でした。
中村さんは「“タリバン”との名で総て括られてしまい、それが先入意識として独り歩きしてしまう事の危うさや、その国が持つ宗教や文化、民族性や風習への理解をしようとしない傲慢さに対して」警鐘します。現地で生き、熱い信頼関係を得た中村哲さんの言葉だけに重いのです。

米軍の容赦ない無差別殺戮への怒りについても触れられていますが、何より印象的に感じたのは、「砂漠化した大地が水路建設が果たされる過程で緑化され、人々の生活の営みが見えてくる事の喜びと希望」に対してです。
肥沃な穀倉地帯が次々と砂漠化している深刻な事実、正に戦争どころではない。中村哲さんは、「米軍が武器を捨て、水路を掘ったら、アフガンは親米国となる。」と言います。それは、”強烈なアイロニー”ですが真実だと思います。
本書の冒頭で、澤地さんが高校生にも分かる平易な表現で、とのコンセプトを掲げていますが、多くの人が本書を読んで、目の前の世界に捉われる事なく、遠い異郷の国々や他文化にも視野を広げ、そこから自分たちの国を見つめるきっかけになったら、中村哲さんも喜んでくれるのではないかと思います。

内容紹介 

アフガンの平和と復興のためには何がなされるべきで,何をしてはならないのか.パキスタンでの医療援助活動を開始して以来25年.いまアフガニスタンの平和と復興のために身命を賭して活動する中村医師が,良き聞き手を得て,戦争と地球環境の悪化がもたらす劣悪な生存条件をいかにして変えるべきか,自らの個人史的背景とともに,その熱い思いを語った貴重な発言録.


■「あとがき」(澤地久枝)より
 昨夏,水路建設が最後の追い込みに入っていた日々,現地の気温は摂氏50度を超えたという.苛烈な自然条件下,ふつうなら仕事を休むときに,職員も現地ワーカーも,働くことをやめなかった.
 達成できる目標が目の前にあり,時間が過ぎるごとに近づいてゆける喜び.こうして水路が通り,水が引かれるあとにくりひろげられる緑の世界を人々はすでに体験している.
 中村医師がただ一人の日本人として現地にとどまり,陣頭指揮をとる.働く人たちの報酬をはじめ,現地事業を可能にしているペシャワール会と,そこにつながる人たち.中村医師の活躍は容易ならないものである.
 なにか役に立ちたいと考え,こういう一冊をまとめる努力をした.かつての編集者であり,40年近いノンフィクションの書き手としての自負が,無謀に近いこの試みの底にあったと思う.
 しかし,わが誤算,うぬぼれの勘定書きをつきつけられた.精一杯つとめたが,中村先生とペシャワール会の仕事を伝えるべく,魅力的な一冊になり得たかどうか自信はない.素直に皆さんの判定にしたがう.手にあまる桁はずれに大きく,前例のないテーマであった.しかし,一人でも多くの人に受けとめられることを心から願っている.
 国連をふくめ,世界各国(米国,とくにオバマ大統領)は,アフガニスタン問題解決への,具体的方策を見失っているかのようだ.日本の国内政治も混沌としているが,大干ばつのもと餓死の危険にさらされるアフガニスタンの一般民衆のための貢献を,真剣に考えてほしい.そのひとつは鳩山内閣がきめた50億ドルの復興資金を生かして使う道だ.中村先生の仕事に,その答はある.
 いま必要なのは,他国の軍事力行使の即時停止,アフガン国内のどの勢力に対しても,武器の供給をしないきびしい節度.混乱はあってもいずれアフガニスタンおのずからの答が出る.
 過去の政治の産物である多数難民が日常生活へ,ふるさとへ戻る道.働いて生きてゆける道を切りひらくこと.その最大緊急の前提として,沙漠化した農地に水を引くこと.山岳国家アフガン全土で,農地をとりもどす可能性をさぐる必要があろう.ことはアフガン一国の問題のようだが,おそらく地球環境の未来にもかかわっている.
 中村医師と氏を支えた人たちは,マルワリード水路という,小さくても確実な回答を私たちに示し,その保全のために働きつづけている.
 1月26日の中村先生からのメールに,「アフガンは,今年は体験したことのないような少雨で,しかも積雪がありません.記録的な渇水が迫っています.戦雲が立ち込める中で,最後の大きな事業を完遂したいと思います」とあった.つけくわえる一語もない.


■「あとがきに添えて」(中村 哲)より
 澤地久枝さんと言えば,『記録ミッドウェー海戦』などで高名なノンフィクション作家で,遠い存在だと思っていた.それがひょんなことから私とのインタビュー記事をもとに出版をしたいと述べられたのは,2年くらい前のことだったと思う.
 本文にもあるように,帰国中の殺人的な講演スケジュールだったので,ゆっくりと語り合う時間は少なかった.だが,(中略)「若い人への励ましのメッセージだ」と熱心に頼まれて心が動き,快諾した.自分の年齢もある.子を持つ親として,次世代へ何かを伝えたいという気持ちがあった.それがどれだけ口から伝え得たか心もとないが,澤地さんの筆致でよく補われていると思う.
 インタビューは帰国中に断続して行われ,改めて「ノンフィクション作家」の凄さを知った.時には「警察の取り調べもここまでは」と思えるほど実際の出来事を熟知された上で行われたのである.参考資料を十分吟味した質問で,いい加減なことは言えなかった.自分の事を述べるとなると,どうしてもわが身にとって都合のいい話となり,正確な自画像を描くのは難しい.よく,「誰も分かってくれない」という不満を耳にする.しかし,では自分の全てが筒抜けになれば良いかといえば,そうではない.結局都合のいいところだけ分かってもらいたいのだ.そういう意味で,直截な表現で誤解も生もうが,よく自分の気持ちと考えがありのままに出ていると思う.

 アフガニスタンは日本人にとって最も解りにくい国の一つである.様々な意見や解釈が飛び交い,実像をつかみにくい.いわば「情報の密室」である.しかし,今アフガニスタンで進行している出来事は,やがて全世界を巻き込む破局の入り口にすぎない.
 私は九州と東部アフガンしか知らない田舎者である.人は自分が生きた時代と地域の精神的な気流の中でしか,言葉を発することができない.だが,どんな小さな村や町も,世界の歴史の反映ではある.25年前,遠いお伽の国の話だと思っていたことが,一人の日本人としてこれほど身近になったことはなかった.世界中で「グローバル化」の功罪がささやかれるが,その不幸な余波をまともに受け続けているのが,この国である.「アフガニスタン」は,良きにつけ悪しきにつけ,一つの時代の終焉と私たちの将来を暗示している.
 「破局」といえば響きが悪いが,それで人間の幸せが奪われる訳ではない.人間もまた自然の一部である.ヒンズークシュの壮大な山並みと悠然たる時の流れは,より大きな目で人の世界の営みを眺めさせてくれる.時と場所を超え,変わらないものは変わらない.おそらく,縄文の昔から現在に至るまで,そうであろう.私たちもまた時代の迷信から自由ではない.分を超えた「権威ある声」や,自分を見失わせる享楽の手段に事欠かない.世界を覆う不安の運動――戦争であれ何かの流行であれ――に惑わされてはならない.
 もし現地活動に何かの意義を見出すとすれば,確実に人間の実体に肉迫する何ものかであり,単なる国際協力ではなく,私たち自身の将来に益するところがあると思っている.人として最後まで守るべきものは何か,尊ぶべきものは何か,示唆するところを汲んでいただければ幸いである.

引用元:岩波書店

 著者等紹介

中村 哲(なかむら・てつ)

1946年生まれ.医師.PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長.1984年,パキスタン北西部の都市ペシャワールに赴任し,ハンセン病の治療やアフガン難民の診療に従事.近年は,ペシャワール会現地代表として,アフガニスタンにおける水路建設など復興事業の先頭に立つ.若月賞やマグサイサイ賞など受賞多数.
中村医師関連の著作等
『アフガンに命の水を――ペシャワール会26年目の闘い』(語り 菅原文太)(DVD)2009年,日本電波ニュース社
『アフガニスタンの大地とともに――伊藤和也 遺稿・追悼文集』2009年,石風社
『伏流の思考――私のアフガン・ノート』福元満治著,2004年,石風社
『なぜ医師たちは行くのか?――国際医療ボランティアガイド』吉田敬三編,2003年,羊土社
『アフガン 乾いた大地――戦火の中の民』丸山直樹著,2002年,日本放送出版協会
『ドクター・サーブ――中村哲の15年』丸山直樹著,2001年,石風社

 

聞き手

澤地 久枝(さわち・ひさえ)

1930年生まれ.作家.編集者生活ののち,1972年,『妻たちの二・二六事件』を著して作家として出発.『火はわが胸中にあり』(日本ノンフィクション賞),『記録ミッドウェー海戦』『滄海よ眠れ』〈全6巻〉(ともに菊池寛賞),『完本 昭和史のおんな』など,著作多数.朝日賞受賞.

 

目次

 はじめに

I 高山と虫に魅せられて
 ペシャワールとの縁
 2001年10月,衆議院
 髭と帽子
 伯父火野葦平
 洗礼と論語素読
 川筋の気質
 家族に対する情
 対人恐怖症
 精神の転機
 典型的な日本人主婦
 宗教の「共通性」

II アフガニスタン,命の水路
 よみがえる大地
 「時差」4時間半
 マドラッサ
 家族
 命の重さ
 自爆テロ
 後始末
 流れ弾があたる
 安全の限界
 参議院,2008年11月

III パシュトゥンの村々
 復讐の掟
 「戦争」の名分
 現地スタッフの変化
 ただ一人残って
 精神のよりどころ
 丸腰の米兵が水路を掘れば
 リウマチ熱,カイバル峠

IV やすらぎと喜び
 日々の楽しみ
 生きものたち
 これからの見通し
 「情を交わす」ハトの目
 縁の下の力持ち
 一人の父親
 アフガンの再生
 運命にみちびかれて

 あとがき 澤地久枝
 あとがきに添えて 中村 哲
 付録――中村医師関連著書等