ヒトラーとナチ・ドイツ
石田勇治 講談社現代新書
先日、「ゲッべルスと私ーナチ宣伝相秘書の独白」を読んで、ヒトラーとナチスについて、基礎的な知識をもっと知りたくて、本書を読みました。文章が分かりやすく、巻末に関連年表、たくさんの参考文献が有り、とても勉強になりました。
- 作者: ブルンヒルデ・ポムゼル,トーレ・D.ハンゼン,石田勇治,森内薫,赤坂桃子
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2018/06/21
- メディア: 単行本
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本書は、ドイツ近現代史を専門とする著者が、アドルフ・ヒトラーの生い立ちからナチ時代(1933-45年)の歴史を丹念に追ったものです。19世紀から20世紀初頭に文化・芸術・科学の先進国であったドイツで、ユダヤ人大虐殺を始めとする数々の国家犯罪を行なった政権がなぜ生まれ、また国民の支持を得られたのか。本書はこのような疑問に答えるために書かれています。コンパクトではありますが、最新の研究成果を踏まえつつ、分かり易く、この現代史の謎に迫っています。
ヒトラーはなぜドイツ国民の心を掴み、独裁者に上りつめたのか?
ヒトラーはオーストリア生まれの平凡な兵士(最高階級は上等兵)でした。第一次世界大戦でのドイツの敗戦後に、政治教育部隊に配属され、弁論の教育を受けて上官にその才能を見出されたのが政治家に転身するきっかけでした。ドイツ労働者党に入党し、その演説の才能を最大限に生かして党を乗っ取り、ナチ党に作り変えて、以降はリーダーとして身辺に忠誠心の高い側近を集めて、自らの党と化しました。大衆が何を求めているかを十分研究し、宣伝担当の責任者を置いて、徹底したプロパガンダを行ないました。一貫して愛国心を訴え、ユダヤ人排斥を主張したりしました。本人は、「第一次世界大戦の敗因はユダヤ人の陰謀である」と狂信的に信じ込んでいました。敗戦後、惨めな生活を送るドイツ人には、失業の解消を約束するヒトラーはどの政治家よりも頼もしく見えました。
なぜ憲法が効力をなくし、議会制民主主義が葬られ、基本的人権も失われたのか?
1932年7月31日の国会選挙でナチ党にとって37.3%という過去最大の得票率を獲得しました。しかし議席数が過半数に達したわけではありません。連立してようやく過半数を制するに過ぎないナチ党の党首ヒトラーを首相に任命したのはヒンデンブルク大統領でした。ヒンデンブルクは、ヒトラーを甘く見て自らが御しうると考えましたが、ヒトラーは、はるかに狡猾でした。ヒトラー政権が誕生した1932年1月30日以降は、一気呵成にヒトラーの権力掌握が進み、1934年8月2日にはヒトラーは大統領と首相の権限を併せて持つ総統に就任し、わずか1年半で独裁政権が完成しました。この間に、突撃隊と親衛隊とをフルに活用して左翼陣営に対する脅迫やテロを縦横に行い、国会を炎上させて、全権委任法(授権法)を成立させました。野党議員を脅迫で屈服させてではあるが、形式的にはあくまで「合法的」でした。この授権法によりヒトラーには、もはや向う敵はいなくなりました。
当時の普通の人々はヒトラーやナチ党をどう考えていたのか?
戦後初期の西ドイツで実施された住民意識調査(1951年)によると、「20世紀でドイツが最もうまくいった時期は?」という質問に、回答者の40%がナチ時代の前半を挙げています。この時期、第二次大戦はまだ始まっておらず、ホロコーストのような国家犯罪は本格化していないが、なぜ人々は「比較的良い時代だった」と考えたのか。本書によれば、ヒトラーの景気対策が効果を上げて、失業者が大幅に減ったことにあります。その景気対策とは、勤労奉仕の導入、女性を家庭に戻す対策(結婚奨励金など)、徴兵制度の再開などでした。さらに、敗戦が国家の尊厳を冒したことを唱え、戦争による名誉回復を掲げて、「民族共同体」としての団結を訴えました。また、ナチ党大会を一大国家行事として盛大なお祭りと化して大衆の心を掴みました。ヒトラーはアメ(職と民族意識の高揚)とムチ(突撃隊などによる反対分子の粛清・暴力行為)により、国民の「自発的隷従」(ラ・ボエシ)の仕組みを巧妙にかつ迅速に作り上げたのでした。
なぜ国家による安楽死殺害やユダヤ人大虐殺が起きたのか?
ヒトラー出現の背景には、ヨーロッパに古くからある反ユダヤ主義が底流にありました。ヒトラーは狂信的な反ユダヤ主義者であり、それに加えて強烈な反マルクス主義がセットになっていました。第一次世界大戦におけるドイツの敗戦や、ソ連の勃興と反ユダヤ主義を組合せ、ドイツの大衆を動かす反共・反ユダヤイデオロギーに仕立て上げました。ヒトラーのレイシズムは優生思想と結びつき、まずドイツ国内の不治の患者、遺伝病患者、心身障害者など戦争遂行の邪魔になる人びとを組織的に抹殺する恐るべき「安楽死殺害政策」を行ないました。この政策による終戦までの犠牲者は21万人以上とされました。さらに、独ソ戦の長期化で、最初目論んでいたソ連領土へのユダヤ人移住政策が失敗すると、ポーランド在住ユダヤ人を中心に大量虐殺(ホロコースト)が開始されました。このホロコーストには、ドイツ国内で安楽死殺害の技術を身に付けた医師・看護師・技術者など多くの人々が関わりました。こうして数百万人もの人々が大量虐殺の犠牲者となりました。
以上、本書が説くヒトラーやナチ・ドイツの歴史は、現在を生きるわれわれに何を教えるのか。本書から浮かび上がってくるのは、たとえ先進国であっても、全体主義はゆっくり忍び寄り、一定の国民の支持を獲得すると一気に国家を制圧する、という現代にも通じる痛切な教訓であります。全体主義者の両手にはアメとムチが握られ、両者の使い分けで「自発的隷従」の仕組みが一旦作り上げられると、反対者は封じられ、後戻りは効かなくなります。
内容紹介
「人類の歴史における闇」ともいえる、ヒトラーの政権時代。
その数々の疑問に、最新研究をふまえ、答える。
当時の歴史やその背景を知るための入門書です。
ヒトラーは、いかにして国民を巻きつけ、独裁者に上りつめたのか。
なぜ、ドイツで、いつのまにか憲法は効力をなくし、議会民主主義は葬り去られ
基本的人権も失われたのか。
ドイツ社会の「ナチ化」とは何だったのか。
なぜ、国家による安楽死殺害やユダヤ人大虐殺「ホロコースト」は起きたのか。
著者紹介
石田勇治(いしだ・ゆうじ)
1957年、京都市生まれ。東京外国語大学卒業、東京大学大学院社会学研究科(国際関係論)修士課程修了、マールブルク大学社会科学哲学部博士課程修了、Ph.D. 取得。現在、東京大学大学院総合文化研究科(地域文化研究専攻)教授。専門は、ドイツ近現代史、ジェノサイド研究。著書に『過去の克服――ヒトラー後のドイツ』『20世紀ドイツ史』(ともに白水社)、『図説 ドイツの歴史』(編著、河出書房新社)、『ジェノサイドと現代世界』(共編、勉誠出版)などがある。
目次
はじめに
第一章 ヒトラーの登場
若きヒトラー/政治家への転機/ナチ党の発足まで/党権力の掌握/クーデターへ
第二章 ナチ党の台頭
カリスマ・ヒトラーの原型/「ヒトラー裁判」と『我が闘争』/ヒトラーはどのようにナチ党を再建したのか/ヒトラー、ドイツ政治の表舞台へ
第三章 ヒトラー政権の成立
ヒトラー政権の誕生/大統領内閣/議会制民主主義の崩壊
第四章 ナチ体制の確立
二つの演説/合法的に独裁権力を手に入れる/授権法の成立/民意の転換/体制の危機
第五章 ナチ体制下の内政と外交
ヒトラー政府とナチ党の変容/雇用の安定をめざす/国民を統合する/大国ドイツへの道
第六章 レイシズムとユダヤ人迫害
ホロコーストの根底にあったもの/ヒトラー政権下でユダヤ人政策はいかに行われていったか
第七章 ホロコーストと絶滅戦争
親衛隊とナチ優生社会/第二次世界大戦とホロコースト/絶滅収容所の建設/ヒトラーとホロコースト
おわりに
関連年表
参考文献・図書案内
参考図書
ワイマル共和国―ヒトラーを出現させたもの (中公新書 (27))
- 作者: 林健太郎
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ナチスの戦争1918-1949 - 民族と人種の戦い (中公新書)
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「生きるに値しない命」とは誰のことか―ナチス安楽死思想の原典を読む
- 作者: カールビンディング,アルフレートホッヘ,K. Binding,A. Hoche,森下直貴,佐野誠
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- 発売日: 2001/11
- メディア: 単行本
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