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獄中記

    獄中記

  佐藤 優  岩波現代文庫 
獄中記 (岩波現代文庫)

獄中記 (岩波現代文庫)

  

 

 随所にみられる重厚な思考の痕跡には驚嘆するばかりだ。著者の読書とそこからの思考の粘り強さには本当に驚く。獄中という情報や弁護士を除外した人との交流と一切閉ざされた空間の中で、佐藤氏はひたすら本を読みこみ、自らの状況を分析するとともに、「思考する生」を淡々と生き抜いている。人間にとって『自然や外気と遮断された場所に閉じこもり続ける事』は精神衛生上かなり辛いものがある。その状況下でなおかつ国家的な大犯罪者のように仕立て上げられながらも著者はひたすら本を読みこみ、自らの根を深くおろしてゆく。そして、閉塞状況の中で自らの信念を明晰に言語化し、守るべきものを確固として堅持し諦める事なく静かに戦う力は並大抵のものではない。
 最後に人間を人間たらしめるものは『言葉』のもつ根源的な力なのだと云うことを思いしらされる一冊でした。

内容紹介

微罪容疑によって逮捕、接見禁止のまま五一ニ日間勾留された異能の外交官は、拘置所カフカ的不条理の中で、いかなる思索を紡いでいたのか。哲学的・神学的問いを通して難題に取り組んだ獄中ノート六ニ冊。文庫版書き下ろしの新稿では小沢氏秘書問題を独自分析。また、独房の「所内生活の心得」を初公開する。

■著者からのメッセージ


 今回『獄中記』を岩波書店から刊行することになり私はほんとうに嬉しい.
 岩波書店には特別の思いがある.02年,日本中の全マスコミが,鈴木宗男氏と私を袋叩きにしたときに,産経新聞と『世界』だけが違う対応をとった.他の新聞社や雑誌社にも,私に理解を示してくれる人もいたが,リスクを冒して文字にして擁護するまではできなかった.
 私の目からすると,産経と岩波という論調,思想傾向が全く逆のこの2つのメディアに共通する社風がある.それは物事の筋を大切にし,自らの判断で「然りには然り,否には否」と姿勢をはっきりさせることだ.『獄中記』は,私とあの当時リスクを冒しても真実を見つめようとした記者,編集者との共有財産でもある.

■編集部からのメッセージ

外務省のラスプーチンとの異名を持ち,いまや左右の論壇を席巻する勢いの佐藤優さんと知り合ったのは,2002年5月13日に逮捕拘留される3年ほど前のことだった.当時佐藤さんは外務省国際情報局での分析官で,日ロ外交の裏舞台を仕切っていた.やがて外交史料館に配置換えされ,逮捕される2カ月ほど前に飲んだとき,「僕は7-3の確率で逮捕される.外堀を埋めて本丸の鈴木宗男逮捕にこぎつけようとする検察の動きがある」と真顔で言われ,「佐藤さん,それは思い過ごしだよ」とたしなめた.図らずも逮捕となった当日,携帯電話から聞こえた「間もなく僕の元に逮捕令状を持った人が来る.今までお世話になりました」との佐藤さんの肉声は,それから512日間,絶えて耳にすることはなかった.
 「いったいこの逮捕は何なんだ?」五里霧中の中,間もなく獄中から担当弁護士の大室征男氏を通して寄せられた彼のメッセージは,「これは国策捜査だ」というものだった.
 いったい僕に何ができるのか? これはいわゆる「冤罪事件」とは違う.署名を集めて「不当逮捕」の糾弾大会をしたり,反体制的な運動をするようなたぐいの事件ではないようだ.僕は佐藤さんをよく知る周囲の声に耳を傾けながら,当時在籍していた『世界』編集部において,佐藤さんや鈴木宗男議員逮捕をめぐるいまの日本政治のありようを,事件を具象化する記事を掲載することによってあぶりだしてみようと思った.そして彼の不自由さに倣って酒断ちを試みた.でもそれはわずかに55日間しか続かなかった.
 接見禁止,通信禁止の制約の中で,煉獄での512日間,佐藤優はどのような思想空間の中にいたのだろうか? その最も端的な回答は,勾留期間中に彼が日々したためた大学ノート62冊になる「獄中ノート」の中にあった.出獄の後,佐藤さんを誘って飲んだ有楽町のビアホールでそのノートを見せられた僕は,我が身を恥じた.酒断ちの意思の弱さにではない.佐藤優はこの515日間,何よりも精神の自由,自らの脳力で思考する事の解放感を満喫していたことが読み取れたからだ.佐藤さんのそのような精神世界を推し測れず,自ら苦行の追体験を強いた僕の浅はかさを恥じたのだ.
 獄中ノートを読むと,カフカ的なとも言うべき自らの不条理な運命を,神との直接対話を通して受容していこうとする真摯な姿が,一人の求道者のように映えてくる.かえって獄窓から眺める国家のほうこそが囚われの身にあるようにさえ思えてくる.だが佐藤さんは決して世捨て人にはならなかった.国家のために生き,国家利益のために粉骨砕身した国家公務員としての誇りを持ち続け,組織エゴや個人的怨恨に埋没して自己を見失うことはなかった.獄中ノートには何篇もの書簡の草稿があって,自らの国家との再生の道を,親しい同僚や我われ友人に指し示そうとしていた.その意味でこの獄中ノートには,私的日記の体裁を取った公的報告書としての性格がある.そして,獄中記を通して佐藤さんの気高い憂国の士としての姿が迫ってきたとき,この作品は僕にとっては単なる記録文学としてではなく,我が行く末への導きの書としての光彩を帯びはじめたのだ. 
【編集部:馬場公彦】

著者紹介

佐藤 優(さとう・まさる)

1960年東京都生まれ.同志社大学大学院神学研究科修了の後,外務省入省.在英日本国大使館,ロシア連邦日本国大使館に勤務した後,95年より外務省本省国際情報局分析第一課において勤務.1998年より主任分析官として活躍.2002年5月,背任容疑で逮捕,(7月に偽計業務妨害容疑で再逮捕)その後512日間東京拘置所に勾留される。2003年10月に保釈された。2005年2月に東京地方裁判所安井久治裁判長)で執行猶予付き有罪判決(懲役2年6か月、執行猶予4年)を受け控訴していたが、2007年1月31日、二審の東京高等裁判所高橋省吾裁判長)は一審の地裁判決を支持し、控訴を棄却最高裁判所第3小法廷那須弘平裁判長)は2009年6月30日付で上告を棄却し、期限の7月6日までに異議申し立てをしなかったため、判決が確定した。国家公務員法76条では「禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者」は失職すると定められており、これにより外務省職員として失職した。懲戒免職諭旨免職ではなく「失職」となるケースは、逮捕された公務員退職理由としては異例である。

著書に『国家の罠――外務省のラスプーチンと呼ばれて』(2005年,新潮社,第59回毎日出版文化賞特別賞受賞),『国家の自縛』(産経新聞出版,2005年),『国家の崩壊』(にんげん出版,2006年),『日米開戦の真実』(小学館,2006年),『自壊する帝国』(新潮社,2006年,第5回新潮ドキュメント賞受賞),『北方領土「特命交渉」』(鈴木宗男との共著,2006年,講談社),訳書にフロマートカ『なぜ私は生きているか』(新教出版社,1997年)ジュガーノフ『ロシアと現代世界』(共訳,自由国民社,1996年)などがある.

目次

序 章 

第1章 塀の中に落ちて 
――2002年5月20日(7日目)から7月28日(76日目)まで―― 

第2章 公判開始 
  ――7月29日(77日目)から9月27日(137日目)まで―― 

第3章 獄舎から見た国家 
  ――9月28日(138日目)から12月31日(232日目)まで―― 

第4章 塀の中の日常 
  ――2003年1月1日(233日目)から6月15日(398日目)まで―― 

第5章 神と人間をめぐる思索 
  ――6月18日(401日目)から8月28日(472日目)まで―― 

第6章 出獄まで 
  ――8月29日(473日目)から10月9日(出獄後1日目)まで―― 

終 章 

 

 付録 ハンスト声明 / 鈴木宗男衆議院議員の第一回公判に関する獄中声明

          現下の所感ー東京拘置所にて / 冷戦後の北方領土交渉は、日本外交

    にどのような意味をもったか / 「塀の中で考えたこと」

 岩波現代文庫版 あとがきー青年将校化する特捜検察ー

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