人類が知っていること
すべての短い歴史(上)
ビル・ブライソン
[訳]楡井浩一 新潮文庫
本書は、宇宙物理学,地球物理学,化学,原子物理学などの研究の歴史を解説したものです。科学史を系統的に述べるのではなく,いくつかの特定のトピックスを取り上げて,科学の本質を軽妙に説明してます。著者はサイエンスライターですが、自然科学の専門家ではないため,多くの文献を調べ,科学者の視点ではなく「素人」の視点で書いているため、たいへん分かりやすいです。
一般人向けの科学書なのに,図や写真などは一切ありません。すべて文章による説明なのでそこが難点かもしれません。それでも、本書が読み物として面白いのは、学問的に重要でない人間的エピソードや、主流からはずれた知見の記述が間を埋めているからだと思います。
「ビッグバン(大爆発)と呼ばれてはいるが、これを一般的な意味での爆発ととらえてはいけないことを、多くの書物が指摘している。爆発というより、宇宙は突然、とてつもない速さであれよあれよという間にふくらんでできたものだという。でも、どういうきっかけで?」(38頁)。
「ビッグバン宇宙論というのは爆発そのものに関する理論ではなくて、爆発後に何が起こったのかについて論じる学説だ。爆発後といってもそれほどあとの話ではない。科学者たちは、山ほど数学の問題を解き、粒子加速器内のようすをつぶさに観察することで、創造の瞬間から10-43(「-43」は何乗かを表している。以下同じ)秒後の、まだ顕微鏡なしには見つからないくらい小さかった宇宙を眺めることが可能だと信じている。・・・10-43は、0.000000000000000000000000000000000000000000.1、すなわち1秒の1兆分の1をさらに1兆分の1にして、それをまた1兆分の1にして、さらにまた1千万分の1にした時間に当たる」(39~40頁)。
「宇宙の誕生ほやほやの時期についてわたしたちが知っていること、もしくは知っていると信じていることは、おおむね1979年にアラン・グースが初めて提唱したインフレーション(膨張)理論という考え方に負っている。・・・すなわち宇宙の開闢後ごくごくわずかな時間で宇宙は突然、劇的に拡張したとする学説だった。宇宙は膨張した――というより、内から外に向かって猛烈な勢いで広がり、10-34秒ごとにサイズが2倍に膨れたという仮説だ。変化が一段落するのに10-30秒ほどしかかからなかったと推測される。これは1秒の百万分の1をさらに百万分の1にして、それをまた百万分の1にして、さらにまた百万分の1にした時間の百万分の1だ。にもかかわらず、それは宇宙を、わたしたちが片手で持てる大きさから少なくとも10,000,000,000,000,000,000,000,000倍大きなものに変えた。インフレーション理論によって、わたしたちの宇宙を成り立たせている宇宙のさざ波や渦の動きの説明がつく。そういう動きがなかったら、物質は塊として存在しえないから、この世界は星のない、ただガスの流れる永遠の闇になっていただろう」(40,42頁)。
量子力学について、「シュレーディンガーは、巧みな微調整を加えて、流動力学と呼ばれる便利な体系を案出した。ほぼ同じころ、ドイツの物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクは、行列(マトリックス)力学と呼ばれるまったく別の理論を創り出した。・・・相反する前提にもとづいていながら同じ結果をもたらすふたつの理論が、物理学界に登場したのだ。・・・最終的には、1926年、ハイゼンベルクが画期的な折衷案を思いつき、量子力学として知られるようになる新たな規律を生み出した。その中心にある『ハイゼンベルクの不確定性原理』によると、電子は粒子なのだが、浪に置き換えて描写することも可能な粒子だという。理論構築の中心に据えられた不確定性とは、電子が空間を抜けて動く際にとる経路か、ある瞬間に電子が存在する場所か、どちらかを知ることは可能でも、その両方を知ることは不可能とする理論だ」(291~292頁)。
「その奇妙さゆえに、多くの物理学者は量子論に、あるいは少なくともその見解の一部に反感をいだいた。誰よりも毛嫌いしたのがアインシュタインだった。・・・『量子論は注目に値する立派な理論だ』。アインシュタインは礼儀正しく、そう講評したが、本心では不満を感じていた。『神はさいころを振らない』とアインシュタインは言った」(296頁)。
「すべてを統合する試みのなかで、物理学者たちは超ひも理論と呼ばれるものを考案した。この理論は、かつて粒子と考えられていたクォークや軽粒子などの小さい物質はすべて、実際には『ひも』、つまり振動する糸状のエネルギーであると仮定する。これが、既知の三次元のほかに、時間と、人間には知りえない七次元を加えた十一次元の中で振動しているという。これらのひもはごく微細なので、点状の粒子として通用するのだ。超ひも理論に追加的な次元を導入することによって、物理学者たちは量子の法則と重力の法則を比較的整ったひとつのまとまりに統合することができた。・・・ひも理論から、さらに『M理論』と呼ばれるものが生まれた。この理論は、薄膜と名づけられた表面を組み込んでいる」(334~335頁)。
内容紹介
こんな本が小学生時代にあれば……。宿題やテストのためだけに丸暗記した、あの用語や数字が、たっぷりのユーモアとともにいきいきと蘇る。ビッグバンの秘密から、あらゆる物質を形作る原子の成り立ち、地球の誕生、生命の発生、そして人類の登場まで――。科学を退屈から救い出した隠れた名著が待望の文庫化。138億年を1000ページで学ぶ、前代未聞の“宇宙史”、ここに登場。
著者等紹介
ビル・ブライソン(Bryson Bill)
1951年、アイオワ州デモイン生れ。イギリス在住。英語や紀行、アウトドアなど幅広いテーマでベストセラーのある作家。日本での訳書に『英語のすべて』『ビル・ブライソンのイギリス見て歩き』『ことばが語るアメリカ史』『ドーナッツをくれる郵便局と消えゆくダイナー』『シェイクスピアについて僕らが知りえたすべてのこと』などがある。『人類が知っていることすべての短い歴史』でイギリス王立協会科学図書賞とデカルト賞を受賞した。
楡井 浩一(にれい・こういち)
翻訳家。訳書に『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』(ジャレド・ダイアモンド、草思社)、『人類が知っていることすべての短い歴史』(ビル・ブライソン、NHK出版)、『価格戦争は暴走する』(エレン・ラペル・シェル、筑摩書房)、『美しき姫君 発見されたダ・ヴィンチの真作』(マーティン・ケンプ、パスカル・コット、草思社)、『まだ科学で解けない13の謎』(マイケル・ブルックス、草思社)など多数。
目次
ニュートンとハレーの歴史的問答/いかにして地球のサイズを測ったか
5 石を割る者たち
紳士を興奮させた地質学/地球年表作成への飽くなき挑戦
6 科学界の熾烈な争い
初の恐竜発見を見過ごしたアメリカ/無慈悲なイギリスの古生物学者/恐竜発掘を加速させた世紀のいがみ合い
7 基本的な物質
化学が近代化に遅れたわけ/秩序をもたらした元素の周期表
「宇宙を満たすエーテル」への執着/時間は絶えず変化する/遠ざかる銀河に着目したハッブル
9 たくましき原子
あらゆるものは原子でできている/消えては現われる奇妙な電子
10 鉛を取り出す
欲と嘘と化学の悪用/地球の年齢測定の鍵は宇宙から
11 マーク王にクォーク三つ
素粒子物理学者を悩ませる基本原理の山/宇宙は何からできているのか
12 大地は動く
大陸間にかけられた幻の橋/プレートテクトニクスでも解けない数々の謎
地球の軌道をしきりに横切る小惑星/シューメーカー・レヴィ彗星衝突の衝撃
14 足もとの炎
地震は予測できるのか/地球が内部に抱える高熱の液体
15 危険な美しさ
気まぐれな超火山/足もとに控えるマグマ
参考図書
関連サイト
こだわり天文書評:『人類が知っていること すべての短い歴史(上)』 - 星ナビ ...
https://www.astroarts.co.jp/hoshinavi/magazine/books/individual/4102186212-j.shtml